(もしかして黒稜様……)

 春子がお饅頭を頬張り楽しそうに話す横顔を、黒稜は優しい眼差しで見つめていた。

(きっとそうだわ…黒稜様、春子さんが好きだったんだ…)

 黒稜の優しい表情から、桜はそう思った。途端、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。

(そっか…黒稜様には、想いを寄せる方がいらしたのね……)

 嫁いだその日、黒稜に『お前を愛すことは決してないだろう』と言われた桜。それはもしかしたら、もうすでに愛する人がいたからなのかもしれない。

 桜の胸がズキズキと痛みだす。

(黒稜様は、本当はきっと春子さんと結ばれたかった…)

 落ち込む桜の目の前で、二人が仲睦まじく笑っている。

 桜の目から一筋の涙が伝うと、またいつかのように場面が一瞬で変わった。

 春子が庭の花々の手入れをしている。
 黒稜はそれを何とはなしに眺めていた。

「よくもまぁ、他人(ひと)の家の花壇なんかの手入れをしようと思うものだ」
 黒稜の言葉を意に介さず、春子は楽しそうに土いじりを続ける。

「せっかくこんなに立派な花壇があるんだもの。綺麗な花が咲いていた方が、心も楽しいでしょう?」
「そういうものか」
「そういうものです」

 黒稜は不思議そうに春子の様子を見ていた。

「ところで、街に新しい喫茶店が出来るそうなの。そこでわっふるって言う、外国のお菓子が食べられるんですって。黒稜は、いつか玲子も一緒に、三人で行きましょう」
「いつかな」

「今日は泊まっていこうかしら」
「何故だ」
「何故って、たまにはいいでしょう?幼馴染なのだから。その庭に面した部屋を使うから、布団の準備をしておいて」

 春子の言葉に、黒稜はため息をついた。