『桜、お前はもしかしたら、祈りの巫女、なのかもしれない』
「祈りの、巫女……?」
桜はきょとんと首を傾げる。
「祈りの巫女」とは、その名の通り祈りの力によって災いを退け、悪いあやかしを改心させたという、もはやお伽噺の世界の登場人物だと、桜は思っていた。
(小さい頃、祈りの巫女様の物語を絵本で読んだことがある。過去や未来を見通し、怪我をした人には優しい光で手当てをする…)
「けれどそれは、物語の中のお話では、ないのですか?」
桜の疑問に黒稜は首を振った。
『祈りの巫女は実際に存在する。公にされることはないが、数百年に一度、過去や未来を見通し、治癒の力を使えるものが生まれる』
「私はそのようなお話、聴いたことが、ございません…」
桜も一応有名な陰陽師の家系の生まれである。しかしそんな話は道元から一度も聴かされていない。実在するなら、桜の耳にも入っていそうなものだ。
『それはそうだろう』
黒稜の言葉に、桜は首を傾げる。
『祈りの巫女は、どんな傷も一瞬で治すことができる。そしてその人の未来も過去も見通す。その力は帝をも凌駕すると言われている。そんな力、誰だって欲しがるだろう。祈りの巫女を手に入れるために、争いが起きたこともある』
確かに桜の読んだ絵本でも、そのようなシーンが少し描かれていたような気がする。
祈りの巫女の力をあらゆる国が欲しがり、戦となった。
けれど結局その争いを沈めたのも、祈りの巫女であり、その後祈りの巫女は、小さな村で隠れるように穏やかな余生を過ごした。
(物語の中だけのお話だと思っていたけれど、史実を元にしたお話だったというの…?)
しかもその力が桜にあるのではないか、と黒稜は言うのだ。
桜は信じられない気持ちで、黒稜の話に耳を傾ける。
『この前のことから、そうなのではないかと思っていたのだが…どうやらそれは少しずつ確信に変わったようだ』
「…?」
『私が酷い傷を負って帰ってきた時、そして、雪平との闘いの際に負った傷を、治してくれた時のことだ。桜、自分が何をしたか覚えているか?』
「え…、ええと…」
桜はその時のことを懸命に思い返す。
「黒稜様が大怪我をされた時、雪平との闘いで傷を負った時、どちらも、同じなのですが。ただ、祈ったのです。黒稜様の傷が、よくなりますように、と」
一度目の時。黒稜の傷口から物凄い量の血が流れており、桜は気が動転していた。
ただただ血が止まるよう、傷口が早く塞がるよう祈り続けた。
「何だか温かな、優しい光を、見たような、気がします…」
桜が強く祈った時、桜の手に温かな光が集まっていき、それが黒稜の傷口を覆った。
桜の話を聴いた黒稜は静かに頷く。