けれど桜には、一つだけ残念なことがあった。
(黒稜様は、どんなお声で笑われているのかしら。聴いてみたかったな、黒稜様の笑い声)
今は少し過ぎたくらいのおやつ時。桜にはもちろん黒稜の声は聴こえていない。
(いつかまた、聴くことができるかしら…)
聴けたらいい。こうして笑い合える日々が、続いたらいいと、桜は切に願った。
それから少し談笑して、黒稜は現在の進捗について語った。
「蔵の方の蔵書を片っ端から調べてみているが、今のところこれといった目ぼしいものは見つかっていない。まだまだ時間が掛かると思う」
桜はこくんと頷く。
「承知して、おります。ご無理、なさらないで、くださいね」
「ああ」
桜は意を決して、黒稜に尋ねてみることにした。
「黒稜様」
「なんだ?」
「失礼を、承知の上で、お尋ねしたいのですが、…黒稜様の、ご両親のお墓は、どちらに、ございますでしょうか…?」
桜の問いに、黒稜は眉根を寄せる。
「何故そのようなことを訊く?桜に両親のことは話していなかったはずだが…」
と、言葉を紡ぎながら、黒稜ははっとしたような表情を見せる。
「まさか、夢で過去を見たのか?」
桜はまた小さく頷いた。
「…そうか」
あれは、過去にここで起きたことなのだと、何故か桜は確信を持っていた。
最愛の妻を救うため、狂ってしまった黒稜の父の人生。
黒稜は顎に手を当てて、何やら真剣に考え込んでいる。
(この話は、しない方が良かったのかしら…。ご両親に手を合わせたかっただけなのだけれど、確かにそれは私の自己満足で、他人に両親の過去を見られたことは、黒稜様にとっては嫌なことだったのかもしれない…)
桜が自分の浅はかさを反省していると、黒稜が口を開いた。
「両親の墓は、近くの寺が管理している。すぐそこだ。桜がどうしても行きたいと言うのなら、私も同行しよう」
「あ、ありがとう、ございます…!」
黒稜の色よい返事に、桜はほっと胸を撫で降ろす。
しかし、黒稜の表情は曇ったままだ。
「黒稜、様……?」
黒稜は口を開きかけ、また逡巡の後、意を決したように桜を見つめた。
「桜、よく聴いてくれ」
「はい…?」
黒稜があまりに真剣に見つめてくるので、桜は少しドキッとしてしまった。何を言われるのかと、息を呑む。
逢魔時に差し掛かって、黒稜の声が桜にはっきりと届いてきた。