『今まで黙っていて悪かった』
「あ、いえ、そんな…」
『治癒が早いのも、私の中にあやかしの血が流れているからだ。あやかしの力は強大だからな、多少の傷くらいなら放っておけば治る』
「そう、だったのですね…」
だから黒稜は度々すぐ治る、と口にしていたのだ。あやかしの血が傷を塞いでくれるのだ。
『怖くはないのか?』
「え……?」
『私はあやかしだ。陰陽師の家系で育ったのなら、あやかしがどういう存在か分かっているだろう?』
確かに悪さをするあやかしはいる。
その悪さをするあやかしのせいで、陰陽師達が生まれたのだから。
けれど、もちろんそれだけではない。
人里に降りず、山や森でひっそりと暮らす、心優しいあやかし達だっているのだ。
桜は黒稜の藍色に光る瞳を見つめた。
「黒稜様は、黒稜様です。人でも、あやかしでも、黒稜様は、黒稜様です」
桜はそう言って微笑んだ。
(人だろうがあやかしだろうが、そんなものはどっちだっていいのです。私を救ってくださったのはまぎれもない貴方なのです)
家族に捨てられ絶望する桜に、穏やかな自由と不器用な優しさをくれた。
先程の雪平の襲来でも、桜を守るために必死になって闘ってくれていた。
そんな黒稜に、次第に惹かれていっている自分がいることに、桜はこの時ようやく気が付いた。
黒稜は驚いたように目を見開くと、『そうか…』と言って、穏やかな笑みを浮かべた。
黒稜がどうして半人半妖になったのか、桜には分からない。
けれど、きっと何か理由があるのだろうと思う。
黒稜の様子からして、雪平のようにあやかしと手を組んだわけではないだろう。
もともと覇気のある顔色をしているわけではない黒稜だが、雪平のように目に見えてどろどろとした怨念のようなものは感じない。
「このことは、帝様は…?」
黒稜はよく帝からの命であやかし退治の任を請け負っているはずだ。
帝は黒稜の正体を知っているのだろうか?
『帝は私があやかしになったことを知っている。そもそも夢見の力でも見ていたはずなのだ。それなのにあいつは昔と変わらず、飄々としている。実に食えんやつだ』
「み、帝様を、そのような…っ」
帝に対して友人のように語る黒稜に、あわあわとする桜。しかし黒稜には気にした様子もない。
『構わないだろう。あれとは随分長い付き合いだ。私があやかしの力を制御出来なくなった時には、殺してもらうよう約束もしている』
「そんな…殺す、だなんて…」
ぎゅっと眉を顰めた桜に対して、黒稜はふっと笑う。
『今のところそんな予定はない。あやかしの力も御しているつもりだ。暫くはこの力を利用させてもらう』
黒稜は何か忌々しいものでも思い出すかのように、拳を握りしめた。
桜は、それで…と思い当ることがあった。
黒稜は帝から危険なあやかし退治の任を任されている。普通の陰陽師が対応できないような強力なあやかし退治だ。
それは黒稜が半分あやかしであり、他の陰陽師よりも丈夫だから任されていたのだ。
人よりも丈夫ですぐに傷が治るからと言って、もちろん怪我をすれば痛むし苦しいだろう。
辛そうな黒稜を、桜は何度も見ている。
桜は黒稜の手に、そっと自分の手を重ねた。
「無理は、しないでください」
心配する桜に、黒稜はもう片方の手を重ね合わせた。
『ああ』