黒稜の姿に、桜は呆然としていた。

(これは、一体どういう……)

 先程まで普通の人間の姿だった黒稜が、狐のような大きな耳とふさふさの尻尾を付けている。見た目は人の姿なのだが、おおよそ人にはない獣のような部分が増えていた。

 黒稜は大きくため息をついた。
『先程力を使ったからか…。…桜、少し話そう』


 気を失った雪平を黒稜は式神を使って人里に返した。
 式神はその名の通り、陰陽師が札に力を与え人の形にし、使役するものである。
 二人の式神はふわりと浮き上がると、雪平を抱えて御影家を後にした。


 血だらけの着物を脱ぎ捨て、一息着く頃には、黒稜はいつもの黒稜に戻っていた。
 桜は目をこすってまじまじと黒稜を見た。
 もちろん大きな狐の耳も、ふわふわの尻尾もない。見慣れた黒稜の姿だった。

「傷は、大丈夫、なのでしょうか…?」

 桜が恐る恐る尋ねると、黒稜は『もう治った』と言って、着替えながら着物の袖を捲って見せた。
 だらだらと血が流れていたはずの腕には、傷ひとつ見られなかった。

『桜の力のおかげだろう。ありがとう』
「私の、ですか…?」

 桜の手に集まった温かな光。それが黒稜の傷を癒したというが、未だに信じられずにいた。

『桜、座ってくれ』
「はい」

 桜は肩を強張らせながら、黒稜の目の前へと腰を降ろす。
 黒稜は覚悟を決めたように静かに口を開いた。

『私は、あやかしなのだ』
「あや、かし……?」

 黒稜の言葉を一言一句聴き逃さぬよう、桜はじっと黒稜を見つめる。
 あやかしとは、文字通り桜の一族や黒稜の一族ら陰陽師が退治してきた、あやかしだ。

『この身体は人間とあやかしの血が混ざっている。半分人間、半分あやかしなんだ』
「半分…?」

『夜になるとあやかしの力が強くなる。だからなのだろう。聴力のないお前が、夜になると私の声を聴くことができるのは』
「あ……」

 それは桜がずっと気になっていたことだった。
 日中は聴こえない黒稜の声が、日が沈む頃になるとはっきりと聴こえ始める。

 桜は小さい頃からあやかしの声を聴くことができた。それは聴力が失われても、失われなかった桜の潜在的な力だった。

『お前はあやかしの声を聴くことができるな?』
「はい…」
『私の声が聴こえるのは、私があやかしだからだ』

 『今もはっきりと聴こえているのだろう?』と問い掛ける黒稜に、桜は「はい」と頷いた。

 ずっと不思議だった。
 人の言葉が聴こえなくなった桜の世界で、黒稜の言葉だけが唯一、桜に響いていた。

 黒稜は申し訳なさそうに頭を下げた。