『桜っ!!』
「御影の相手はこいつだ」
 雪平の使役する鬼のあやかしが、黒稜の目の前に迫る。

「黒稜…様……」
『どういたぶって殺してやろうかぁ…道元はどんな顔をするのだろうなぁ…!」

 雪平がゆっくりと桜の目の前へとやって来る。
 その表情はおおよそ人間が出来るものではなく、まさにあやかしとなってしまったかのように凶悪なものだった。

「お父様は…、私が死んだところで、何とも思いません……!」

 桜が黒稜に嫁ぐとき、道元は御影にあやかしがいたら滅してきてくれ、と言って笑った。
 桜にはその力がなく、為すすべがないと言うのにだ。
 桜にとってその言葉は、お前は死んでも構わない、と言われているようなものだった。

「お父様にとって、私は、ただの役立たずなのです……」
「はっ!苦し紛れの戯言か。お前を殺して、その後は道元だ!!」

 冷静に話しの出来なくなった雪平は、桜へと滅しの力を込めた札を投げつけようとして……。

『やめろ』

 真後ろに立っていた黒稜に、首根っこを捕まれ、人間とは思えないほどの力で思いっきり木に打ち付けられた。

『ぐうあっっっっ!!』
 辺りの禍々しい空気が一瞬で消え、雪平はそのまま気を失ったようだった。

「黒稜、様……?」

 雪平が意識を失ったことで、桜を縛っていた札の効力も消え手足が自由になる。
 桜は慌てて黒稜の胸へと飛び込んだ。

「黒稜様!ご無事、ですか…!」
『ああ、無事だよ』

 黒稜はぎゅうっと強く桜を抱きしめた。
『桜……、無事でよかった…』
 掠れたその声は、黒稜の心中を察するに容易いものだった。

(こんなにも…心配してくださるなんて……)

 人に大切にされるのは、いつぶりのことだったろうか。
 この二年間、桜に寄り添ってくれるものなど、誰一人いなかった。
 けれどようやく桜は、大切にしてくれる人に巡り合えたのかもしれない。