十五歳。
それは一人の陰陽師として、一人前を名乗ることが許される歳だった。
桜も、道元も、文江も、この日を待ち遠しく思っていた。
日付が変わり、そうして迎えた十五歳の誕生日のことだった。
桜は夜中に強烈な痛みで目を覚ました。
ズキズキと頭が痛み、甲高い耳鳴りが鳴り続けていた。
(今日は陰陽師として、初めての祓いの仕事があるのに…。どうして今日に限って…)
痛む頭を抱えながら、桜は布団に潜り直した。
そうして世が明けると、世界が静寂で満ちていた。
夜中の頭痛や耳鳴りは嘘のように止んでいた。
いつもなら小鳥のさえずりが聴こえ、朝食の用意をする文江と使用人達の和やかな談笑が聴こえるはずなのだが、その日はまるでなにも聴こえなかった。
(まだみんな寝ているのかしら?)
桜は不思議に思いながら窓の外を覗き見る。
明るい太陽の日差しが降り注ぎ、気持ちのいい気候だった。いつもの起床時間で間違いないようだった。
台所へ顔を出すと、文江と使用人達がにこにこと楽しそうに朝食の準備をしていた。
「おはよう」
文江の口が、そう挨拶の言葉を形作った。
しかし、聴こえてくるはずの文江の言葉は、桜の耳には届かなかった。
(え…?なに?聴こえない…?お母様の言葉も、お野菜を切る包丁の音も、ぐつぐつとお味噌汁が煮立つ音も)
何も聴こえなかった。
目の前には確かに朝食の用意で忙しなくする使用人達の姿があって、使用人達のいつもの爽やかな挨拶の言葉も、聴こえてくることはなかった。
「おああ…さま…」
お母様、と発音したはずなのだが、本当にそうしっかりと発音できたかは桜には分からない。
確かに発音したはずなのに、その言葉すら桜の耳には届かなかった。
自分の喉の震えから発音したことは間違いないはずなのだが……。
文江が慌てて桜に駆け寄ってきたので、上手く発音できなかったのだと分かった。
「桜!?どうしたの!?喉が痛いの!?」
文江が心配そうに桜の背中を擦る。
文江がなにか言っているのはもちろん分かる。きっと心配してくれているのだろうことも。
(お母様、耳がおかしいの。うまく聴き取れないの)
桜としてはそう説明しているはずなのだが、文江の表情は見る見るうちに青褪めていった。