目の前に広がる光景に、あたしは愕然とした。
「なんでこんなに草ぼうぼう……?」
 おかしい。おかしすぎる。
 一ヶ月前に来た時は、このおばあちゃん家の庭はきれいだったはずだ。
 もしかして道を間違えたのだろうか。そう思い、あたしは辺りをきょろきょろと見回した。するとラッキーなことに、お向かいのお宅から大学生くらいの若い女性が出てきたところだった。
 あたしは人通りの少ない狭い道路を突っ切ってその女性に声を掛けた。
「すみませーん。相良さんのお宅って、ここであってますか?」
 あたしは道路の向こうにあるおばあちゃん家を指さした。
 女性は首を傾げた。
「相良さんって、どの相良さんですか?」
「えっ」
 予想外に問い返されてあたしは戸惑った。女性は「この辺りのおうちは相良さんだらけですよ」と補足してくれた。
 確かおばあちゃんの名前は美代子だったはず。
「えっと、相良美代子さんのお宅です」
 そう答えたのに彼女はじっとこちらを不審者を見るような目で見た。
「あってますけど……なんのご用ですか?」
 え、あたし悪徳セールスとか詐欺の受け子とかと思われてる!?
 あたしは慌てた。そしてスマホを取りだした。一枚の画像を取り出す。
「孫です! ほら、美代子おばあちゃんとうちのお母さんとあたしが写ってます」
 先月のおばあちゃんの誕生日の時の画像だ。おばあちゃんが入っている施設で撮影した。 それを見ると、彼女はやっと納得してくれたようだった。
「ほんとだ。ごめんなさい。最近このへん変なセールスとか多いから」
 こんな田舎までわざわざセールスくるんだ。と失礼なことを思いつつも、彼女に礼を言った。彼女は「わたし、このうちの者なので、何か困ったこととかあったら言ってくださいね」と言って、車に乗り込んで走り去った。
 あたしは親切なお向かいさんで良かったなーと思いつつ、もう一度おばあちゃんの家を、正確にはその庭を見た。
「これ、あたしがお手入れするの……?」
 百坪ほどある雑草だらけの庭を前に、あたしは呆然とせざるを得なかった。

「おばあちゃんのおうちの手入れをして欲しい」と、お母さんに言われたのは一ヶ月ほど前のことだった。
 おばあちゃんは二年ほど前に介護施設に入居した。おじいちゃんに先立たれて五年ほど、おばあちゃんは一人で暮らしていたが八十になったのを機に、近所にある施設に入った。一人だと色々と心配だとお母さんのすすめがあったらしい。お母さんはおばあちゃんの一人娘だが、義理の父母と暮らしているのでおばあちゃんと一緒には暮らせなかった。
 そんなある日、東京に住んでいるあたしの元にお母さんからSOSが届いた。
「転んで足を骨折しちゃったのー」
 パートは快く休みをもらえたし、義母義父はまだまだ元気なので家事などは問題ないらしい。ただひとつ心配なのが。
「週に一回おばあちゃんのおうちのお手入れに行ってたんだけど、それができなくなっちゃったの。足が治るまでの間しばらくでいいから、愛良にお願いしたいのー」
「えー。東京からそっちまで行くのに二時間はかかるよ」
「じゃあ月に一度でいいからさあ」
「んー。なら大丈夫だよ。てか、おばあちゃんち売りに出したりとかしないの?」
 あたしの至極もっともな疑問に、お母さんは「色々かえってお金がかかちゃうのよー。それが簡単にできれば、世の空き家問題は起こらないっていうやつー」とぶつぶつと言っていた。
 まあ、いいか。
 あたしはこの春三十になったが、未婚で子供もいない。時間的に自由は効く。たまに田舎の空気を吸うのも悪くないだろう。
 そう思い気軽に引き受けた。先月はお父さんの運転で、おばあちゃんのうちまでの道順を案内してもらった。
 先程、お母さんの車を借りてここまで来たところだ。車で三十分くらいの田んぼと畑が広がる場所に、おばあちゃん家はある。
「なんかもう挫折しそう」
 あたしは途方に暮れた。

 やり始めなければ何事も始まらない。
 仕方なくあたしは家の窓を開けて空気を入れ換えた。春のぽかぽか陽気が心地よい。
「ちょっと家の中掃除してる場合じゃないよね」
 家の中はわりとキレイだった。問題は、庭。 おばあちゃんとおじいちゃんは庭いじりが趣味で、色々な木を植えていた。うろ覚えだが、花壇もきれいに整えられており、玄関先の植木鉢には季節の花々が咲いていたと思う。 おじいちゃんが亡くなった後、「もう年だから、こんな高い木は剪定できないねえ」とおばあちゃんは悲しそうに言っていた。それで、植木は一本の金木犀を残して伐採した。「植木屋さんに頼めばいいじゃん」とあたしは言ったが、剪定にかかる費用を聞き、確かに年金生活には厳しい額だなと思った。