作り物のように澄んだ空だ。まるで、望みを果たし尽くし、虚構の中を生きているかのようなこの心にそっくりである。

 三紅(みくれ)は縁側に座し、武家の質素な庭と檻のように巡らされた築地(ついじ)塀、そして上空一面に広がる青をぼんやりと眺めている。

 鬼頭を憎んでいた。だが、当主たる夫が食われ、鬼頭の館が静かな占拠を受けるに至り、もはやこれ以上の渇望は生まれなかった。それどころか、胸は大穴が空いたかのように空虚であり、ともすれば永遠に眠っていられるとさえ思えるほど、気力が湧かないのだ。

真均(まさひと)は、息災かしら」

 我が子の幸福への関心だけが、辛うじて三紅の精神を現実に繋ぎ留めている。

 真均は、鬼だ。東国が鬼の土地に戻るのならば、真均もこちらへ帰り、誰に後ろ指を指されることもなく暮らすべきだ。しかし彼はそれを望まないだろう。説得を試みようという気にもならないほど全てが億劫で、三紅はこうして毎日を無為に過ごしている。

「おい、三紅。遠駆けに行くが、おまえもどうだ」

 不意に声をかけられて、緩慢な動作で顔を上げる。いつの間にやって来たのか、棟梁の姿をした鬼導丸(きどうまる)が、すぐ隣に立ち三紅を見下ろしていた。

「まあ。遠駆け」
「いつものやつだ」
「食事ね」

 三紅が呟けば、辺りに人目がないのをいいことに、大殿らしからぬぞんざいな口調で鬼導丸は言う。

「ああ。まさか棟梁姿で、家僕や郎党を食うわけにはいかんからな。有能そうな鬼は連れ帰り、役立たずならば食って俺の糧にする」
「人のように強飯(こわいい)を食べるのではいけないの?」
「別に、それでも生きちゃいけるけどな。実のところ、食う方はついでで、本当の目的は同志集めだ」

 鬼導丸は粗暴な所作で片膝を立てて腰を下ろし、興味も薄く半ば伏せられた三紅の瞳を覗き込んだ。

「下級鬼なら俺が一睨みすれば言うことを聞くが、中級以上の奴になると、無駄に自我が強いから納得させることが必要だ。とはいえ、東国を鬼の手に取り戻すことは、多くの同族にとっての悲願。口が達者な奴に説得させりゃ、簡単に仲間に引き込める」
「そう」
「順調だぞ。近頃は、信頼のおける大鬼を各地に遣わせて、より多くの鬼を勧誘している。今日も、我らの大志に共感した新入りが」

 その時だ。

「……た……のか!」

 機嫌よく続く鬼導丸の言葉をかき乱すように、(うまや)の方角から怒鳴り声が上った。鬼導丸は目を眇めて騒ぎの中心辺りに視線を向け、軽く嘆息する。

「噂をすれば新入りが騒ぎでも起こしたか? 無理に鬼や人を食わせてるからな。腹がはち切れそうになって暴れ出す奴がいる」
「そう、哀れね」
「本当に思ってんのか?」

 気のない返事に張り合いを失くしたのか、鬼導丸は呆れ顔で肩をすくめた。

「まあ、何でもいいが。……ああ、面倒だな。早いところ遠駆けに出ちまえばよかった」

 ぼやきながらうなじの赤髪を掻き、大殿姿の鬼導丸は袴の裾を蹴り上げるようにして、様子見のため厩へと向かった。

 三紅はぼんやりと、鬼導丸の蘇芳色の直垂(ひたたれ)を見送る。姿形は、かつての夫と何も変わらない。立ち居振る舞いも、似せようとすれば造作ないのだということは、郎党を前にした際の言動からよく理解している。鬼導丸の中に、確かに夫がいる。しかし自我も自由もない。

 三紅は己の胸にそっと手を触れた。かつて食った鬼たちが、三紅の中で解放を求めて蠢いているような心地がした。