「続いて、総合部一年生の高橋理玖さんです」
すらっと細いけれど、がっしりとした体つき。関口くんほどではないけれど、顔も半袖の制服から見える腕も、こんがりと日焼けしている。
総合部?
東高校は生徒全員が何らかの部活動か委員会活動に所属しなければならず、高校内の部活動に所属せずに個人で活動する生徒たちが大会やコンクールに参加するために所属するのが総合部だ。ヴァイオリン、ピアノ、競技かるた、馬術、スキーなど、総合部に所属している生徒たちは、幼少期から個人で習い事を行っているケースが多い。
総合部の一年生?誰?
高橋理玖、と呼ばれた彼は、川本さんと同じように、一歩前に出て一礼し、演台の前に向かった。
「高橋さんは、七月末に行われたインターハイ・ボクシング部門ライトフライ級において、優勝の栄冠に輝きました。その栄誉を称え、表彰状とトロフィーの授与を行います。なお、今回のインターハイの壮行会は、終業式の日程と重なっており、実施できませんでした。本日は、十月に出場される予定の国民体育大会での活躍を祈念して、全員でエールを送りましょう」
周囲がにわかにざわつき始める。
「すげえ」「優勝?」「マジかよ」「かっけぇー」などと、全ての学年の生徒がガヤガヤと喋りだした。
うちの学校に、ボクシング選手がいただなんて。インターハイで、優勝?どういうこと?周囲のざわつきと同じように、私も動揺が止まらない。インターハイ、という言葉の響きが、私の胸を激しくかき乱す。
高橋さん、と呼ばれた彼は校長先生から表彰状と大きなトロフィーを両手で受け取ると、マイク横に立って待つように促されていた。すると、ステージ脇からドタドタと学ランを着て学生帽をかぶった応援団員が十五~六人やってきた。
「学生~注目~!」
応援団長の野太い掛け声を合図に、私たちは一斉に「「「なんだ~!」」」と答える。入学式翌日から体に刷り込まれてきた、条件反射のような返答。
「今回は、総合部一年、高橋理玖くんの、国体での健闘を祈って~~!エールを送りたいと思う~~!」
「「「お~!」」」
「フレー!フレー!た・か・は・し!」
団長が腕を上下左右に振り回しながら、声を張り上げている。ほかの団員たちが、それぞれ「た」「か」「は」「し」「たかはし」「高橋」と書かれたプレートを頭の上に持ち上げて、一斉に「「そーれ!」」と言った。それを合図に、生徒は一斉に右腕を頭の上と胸の位置で上げ下げして、「「「フレ、フレ、高橋!フレ、フレ、高橋!」」」と声を出した。
高橋くんの表情はよく見えないけど、ものすごく戸惑っているようだ。
きょろきょろと、所在なさげに顔を横に振り、明らかにうろたえていたところ、校長先生から促されて、マイクの前に立った。
「それでは、高橋さんより、一言お願いします」
アナウンスを受けて、彼は一瞬、肩で息を整え、マイクに向かって話し始めた。
「一年七組の、高橋理玖です。今日は、ありがとうございます……」
ガタイのいい体格と正反対の、消え入りそうなか細い声。ものすごく緊張しているのだろうということが伝わってきて、見ている側もドキドキしてくる。
しーんと張り詰めた空気が、体育館全体を覆う。全員の視線を集めて、彼はまた、きょろきょろと全体を見渡しながら、えっと、と小さく呟いて続けた。
「国体も、一生懸命、がんばります」
彼はそう言い切った後、恥ずかしそうに笑ったから、どこからともなく女子のキャー、という黄色い悲鳴が聞こえた。それを受けて、体育館全体からドッと笑い声が出てきて、男女問わず、「かわいい」「かっこいい」「すげえ」などという言葉が次々に飛び交った。
大きな拍手に包まれて、彼は俯きながら囲碁部の川本さんの隣の場所に戻っていった。川本さんが、何やら彼に話しかけている。彼女の声掛けに、彼は手で頭を掻きながら、うん、うんと頷いている。
表情はわからないけれど、きっと、≪あちら側≫の世界にいる人だけにしかわからない何か通ずるものがあるのだろうか。
羨ましい。私だって、一度でいいから、そちら側に行きたかった。そちら側から見える景色を、一瞬だけでいいから、見てみたかった。
油断すると、自分の中のどす黒い感情が沸き上がって表に出てきそうになる。
高橋理玖くん、ごめんなさい。喋ったこともないけれど、私はあなたのことが、嫌いです。
表彰式は、そのほかにも化学部のポスター発表が何かの賞を受賞したとか、ESS部の生徒が英語ディベート大会で良い成績を収めたとか、残り四人続いたけれど、何一つ頭に入ってこなかった。
私はずっと、嫌いなはず彼を、ステージの下から睨み続けていた。