翌日起きると体全部の筋肉が痛かった。

日頃の運動不足がたたり、肩も、腕も、足も痛かったし、ニヤけ過ぎた顔も、考え過ぎた頭も、ドキドキしっぱなしの胸も、全部まるごと痛かった。

昨夜、高橋くんは約束通り家に送り届けてくれると、玄関前まで由紀が出てきて出迎えて、彼が帰ろうとするのを喋って無理やり引き留めようとした。

高橋くんは「すみません、俺もう間に合わないから」と言い残して、走って家に帰って行った。

そのあとメッセージが届き、無事、一分前に帰宅できたそうだ。約束の時間を過ぎると、お兄さんが不安でパニックになるそうで、「妹さんにちゃんと挨拶できなくてすみません」と謝る高橋くんに、逆に「由紀が引き留めてしまってごめんなさい」と謝った。

家族四人が揃った久しぶりの夕食は出前寿司だった。

「早紀、絵のコンテスト、ほんとうにおめでとう。今日は早紀が絵のコンテストでゲットした賞金で寿司を頼んだぞ。早紀、ありがとう。おかげで俺たちも寿司が食べられる」
 
お父さんは満面の笑みで言った。賞金の十万円は、結局全て両親の手に渡ってしまったけど、それでも私の好物でお祝いしてくれる、その気持ちが嬉しかった。
 
身の丈以上の幸運は、独り占めしてもしょうがない。ラッキー分配の法則。前に、囲碁部の川本さんが自販機で当たりの出たココアをくれた時の言葉を思い出して、私も素直に「ありがとう」と感謝を伝えた。
 
お母さんと由紀が、「本当に凄いね」「展示されていた絵の中で、誰よりも上手だったのよ」と口々に褒めてくるので、私はなんだか恥ずかしくなって、「まぐれだよ」と返した。
 
するとお父さんが「まぐれの何が悪い!」と言葉を強めて言った。
 
「まぐれも運も、実力のうちだろ。早紀は頑張ったんだから、賞を貰って当然だ」
 
興奮して話をするお父さんに、「お父さん飲み過ぎよ」とお母さんがたしなめた。テーブルの上には既に空になった缶ビールが二本置かれてあり、手には焼酎のお湯割りが入ったマグカップを持っている。
 
「次また描いた絵が賞を取ったら、それはもう完全にホンモノになる。ココ(・・)も、菊花賞だけならまぐれかもしれんが、有馬記念で連勝したらそりゃもうこれからは一番人気に成りあがるさ」
 
お父さんはかなり酔っぱらって饒舌に話した。
 
「お父さん、競馬の話はほどほどにしてって、いつも言っているでしょう……」
 
お母さんが話をやめさせようとしているのに、由紀が「え!ココマイル、有馬記念に出られるの?本調子じゃないみたいなことをネットニュースで見たけど」と水を向けるので、お父さんは更に口を滑らかにして「それが、なんとか持ちこたえて出走できそうなんだよ」と勢いよく続けた。
 
お父さんは昔から競馬が好きで、私は全く興味がなかったけど、由紀は足の速い生き物は何でも好きらしく、いつも二人で競馬の話をしている。

「競走馬の体つきって憧れる。全部の筋肉が、走るためだけに備わっているって感じがしてさ。あーあ、私もあのくらいノビノビと駆け抜けられると気持ちいいんだろうけど」

「お、さすがは由紀。目の付け所が違うなあ。有馬記念、一緒に予想するか?お父さん、由紀の予想に賭けてやるぞ?」

「それいいね!お父さんの十二月分のお小遣いを全ベットして、勝ったら私たちのお年玉もアップさせてよ」

「だめに決まってるでしょう!お父さん、去年いくら()ったか忘れたの?もう競馬の話はおしまい!」

「お母さん。競馬は勝負なんだ。運任せの宝くじとは違うんだよ」

「宝くじには夢があるんだから、いいの!ねえ、早紀も何とか言ってあげて?」

ギャンブルを嫌厭(けんえん)するお母さんは、それなのになぜだか年末の宝くじだけは毎年欠かさず購入し、本気で一攫千金を狙っている。そして毎年、三百円しか当たらなかった、と嘆くまでがセットだ。

私は三人の話を聞きながら、結局は運営側が勝つものなのに、それでもこうして運に賭ける人間がいなくならないから、ラスベガスという都市はあんなに発展したんだな、とエドワーズ先生の始業式での話を思い出して、口を開いた。

「いいね、お父さん。私のその賭け、乗った!お母さんも、もし宝くじが当たったら、私たちのお年玉も弾んでくれるよね?」

それから私たちは、馬券と宝くじが当たった時の使い道をあれこれと笑いながら語り合った。

お年玉が上乗せされたら、今度こそ、文香に倍返しのお礼を贈ろう。お金持ちになる夢を見ながら、タマゴ寿司を口に運んだ。口いっぱいに、甘いタマゴの味が染みわたった。