まだ夕方の四時半を過ぎたところなのに、すっかり日が落ちて、辺りは暗くなっていた。

ハア、ハア…………おかしい。由紀は、十分ちょっとで着く、と言ったのに。

ゆっくり歩くと三十分かかる市民運動公園までの道のりを必死に走った。ものすごく一生懸命走ったのに、二十分以上もかかってしまった。

上がった息が、なかなか落ち着かない。久しぶりの全力疾走に、わき腹が痛い。冷たい風が、肺の中に入って痛い。

広い運動公園は人の姿はまばらで、時々ウォーキング中のおじいさんか、ジョギング中のおじさん、犬の散歩をしている主婦の人とすれ違うくらいで、閑散としている。

高橋くんの姿は見当たらない。

市民運動公園にいる、ということしか聞いていなかった。

私の足が遅くて、ここに来るまで時間がかかってしまったから、もう帰ってしまったのかもしれない。

ひとまず上がった呼吸を整えようと、ゆっくり周辺を歩いていたその時。

「お姉さん、一人っすかぁ?」

公共トイレの近くから、見知らぬ若い男性が、不気味な笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。

頭の血液が、サーッと下に引いていく感覚が、はっきりとわかる。

ヤバいやつだ!逃げなきゃ!

頭ではわかっているのに、体が完全に硬直して動かない。

「なに、お姉さん、道に迷ったの?こっちだよ、一緒に行こう?」

酔っぱらっているのか、おぼつかない足取りで彼は私に近づいてくると、左手首を掴み、そのまま前に歩き出そうとした。

「や、やめてください!離してっ」

やっとの思いで口に出して、力を入れて左手首を引いたのに、びくともしない。

「うるせえな。暴れるなって。黙ってついて来いよ!」

強い力で引っ張られていく。まさか、この先のトイレまで、連れ込まれてしまうの……?

「誰か!助けて!」

陽が完全に落ちて、街灯がまばらに照らす、人気の少ない運動公園。

叫んだ声が、誰にも届かないかもしれない、と思った、次の瞬間。

「何やってるの!」

後ろから大きな男性の声が聞こえた。

私と男が振り返ると、ぽっちゃりとした体格の丸顔の男性が、こちらを目がけて走ってきた。

あなたは、誰? 何が、起きてるの?

考える隙もなく、そのぽっちゃりとした男性が、私の手首から酔っぱらい男の手を開放し、「ダメです!ダメです!」と両腕を広げて私を(かば)い、叫んでいる。

「なんだてめぇ、この野郎」

酔っぱらった男が、乱暴に言ってその男性を殴りかかろうとした瞬間、彼は振りかざされた右手の拳を自分の左手でパシンッと払いのけ、代わりに右手で相手を殴り返そうと、大きく右手を相手の顔面めがけて猛烈なスピードで振りかざした。ブルンッ、と風を切る音がした。