「疲れたね、ちょっと休憩しよう」
由紀はまだまだ元気そうなのに、私が疲れてしまったのを察したのか、由紀がカフェに行こうと提案した。由紀のさりげない気遣いをありがたく受取り、私はカフェで気になっていたクリスマスシーズン限定のイチゴのフローズンコーヒーをホイップクリーム追加カスタムにして注文する。
由紀は「カフェラテの砂糖なし、Mサイズください」と定員さんに注文し、「ホイップクリームはお付けしますか?」という甘い誘惑を「なしでお願いします」ときっぱり断った。
カウンターで飲み物が出るのを待っていると、キャッ、という由紀の声が聞こえ、そのまま私の方に倒れかかった。私は由紀を何とか受け止め、「大丈夫?」と聞いた。どうやら、男子高校生が由紀にぶつかったようだ。
彼は気まずそうな顔をしたけれど、前方を行く仲間に呼ばれて黙ってそのまま通り過ぎようとしたので、私が「謝りなさいよ」と彼を睨んだ。
彼は「さーせん」と小さな声で呟き、足早に出口へ向かった。
「お客様、大丈夫ですか?」
店員さんに声をかけられて、私と由紀は同時に「「大丈夫です」」と答えた。
こういう時、双子だなと思いながら、私たちは顔を見合わせて笑い、空いている席に着いた。
席に座るや否や、由紀は今起きた出来事を口早に喋った。
「早紀、ほんとうにありがとう。めっちゃかっこよかったよ」
「いや、私も思わず口に出たけどさ。怖かった。ほら、今、手震えてるもん」
私は震える手を差し出しながら言った。
由紀は小刻みに揺れる私の手を両手で包んだ。血の気が引いて冷たくなった手に、由紀の手が温かい。
自分のことだとクラスメイトにすら言い返せないのに、由紀のことになると全然知らない他校の男子を睨めるなんて、自分でもびっくりしている。由紀は、「さすが早紀だよ。お姉ちゃん様様だよー」と言いながら、私の手を擦りながら喋りだした。
「早紀はさ、いつも私のことを守ってくれたよね。覚えてる?小一の時さ、私、クラスの男子からいじめられてたことあったじゃん?」
「いじめというか、からかわれてたんだよ。ほら、由紀はかわいいから、男の子たちがちょっかいかけたかっただけだよ」
「いや、あれはいじめだよ、絶対。私、太ってたじゃん、あの頃。双子のデブの方って言われてたもん。それでさ、早紀が『そういう言い方、良くないよ!』って言って自分の倍くらいある男子をこう、ドンッ、ってやって突き飛ばしてたじゃん」
由紀は私の手を放し、そのまま両手を前に突き出すポーズをしながら言った。
「そんなことあったっけ?……ごめん、全然、覚えてないや」
「ウソでしょ?覚えてないの?相手の男の子、尻餅ついて大泣きしてさ。お母さん、呼び出されてたじゃん!」
由紀は目をまん丸にして、意味がわからない、という表情をしながら話し続けた。
「あとさ、下校中になんか意味わかんないお爺さんに絡まれた時もさ、そいつに食って掛かってさ。いやー、早紀は本当に強くてかっこよかったよ」
由紀はケラケラと笑いながら懐かしそうに話をしてる。
「……由紀は、その時のこと、ずっと覚えてたの?」
「うん。え、なんで?まさかこれも忘れたの?」
由紀は「え、大丈夫?認知症?うちらまだ十七だよ?早くない?」と言いながら私の顔を怪訝そうに見つめる。私が一を言うと、三言も四言も五言も返ってくる反射神経は、さすが運動部、と思えてしまう。
「……うん。最近まですっかり忘れてて。ひょんなことで思い出したんだけどさ」
「やばいって早紀。なんで私より頭いいのにそんな大事なこと忘れちゃうのよ。早紀はいつも、私のことを全身で守ってくれたじゃん?嬉しかったよ、私は。万が一、早紀が忘れても、私は一生忘れない自信ある」
そう言うと由紀は手に持ったカフェラテを一口飲んだ。由紀が黙っている時間は、何かを口にしている時しかない、と思って、私は忘れていた理由を喋ろうとしたら、あっという間に飲み終わったようで、また由紀のターンになってしまった。
「私はさあ、早紀みたいに強くなりたかったけど気弱だったから。じゃあもう戦わずに逃げよう、って思ったのよ。そっから逃げ足だけは速くなって、陸上始めたらついでにデブが治った」
「デブが治るって……というか、細すぎだよ。ちゃんと食べてるの?」
私は心配して尋ねた。夏よりはマシに見えるけれど、私よりも背が高いのに、腕も足も、指も、私より全部細かった。
「うーん。最近、ちゃんと食べるようになったっていうか。今年の夏さ、初めてインハイ代表になれて、すごい気合入れて練習したのね。そしたら、二日前くらいから、練習中に左足がちょっと痛くてさ。でも、我慢できないほどじゃないし、絶対出たかったからみんなには黙ってたの。だって言ったら棄権しろって言われるじゃん?……だから、結局、黙って本番走ったんだけど、全然タイム出なくて、しかも最下位で。もう最悪だよね。それで、試合終わったあと病院に行ったら、足の甲の骨にヒビ入ってた」
「え、由紀、骨にヒビが入ってたの?」
由紀の衝撃発言に、私は驚いて思わず聞き返した。
「うん、そうよ。え、知らなかったの?」
「うん、知らなかった……。それは、大変だったね……」
「そう、めっちゃ大変だった!なんか、疲労骨折の原因が栄養不足らしくて。そういうの、全然知らなかったのね。とにかく体が軽くなれば速く走れると思って、太らないように食事を減らしてたんだけど、逆だったみたい。ちゃんとしっかり栄養あるもの食べて、筋肉つけて、骨を鍛えないとダメだったっぽくて」
そう言いながら、またカフェラテを口に含んだ。
「これでちゃんとカルシウム取ってるから」
由紀は自分の手に持っている砂糖なしMサイズのカフェラテを顔の前に高く上げた。
食事量を減らしたり、逆に考えながら増やしたり、どこまでもこの人たちはストイックだな、と思った。そんな、体重に悩まされる高校生アスリートの隣で、私は呑気に甘々しいフローズンコーヒーにホイップクリームまで追加したものを飲んでいて、なんだか申し訳ない気がした。
「んで、ちゃんと食べるようにしたら、生理も来た。鬱陶しいけどさ、でも来なくて不安になるよりちゃんと毎月来てる方が安心だよね、生きてるって感じがして。私の周りはさ……」と、由紀はそれからも延々としゃべり続けた。
どうやら、私が隣で何を飲んでいようが、彼女には全く関係ないようだ。
私は途中からうんうん、と頷いて聞いているふりをしながら、窓に映る黄色い太陽が沈みかける群青色の空を、ぼんやりと眺めていた。
由紀はまだまだ元気そうなのに、私が疲れてしまったのを察したのか、由紀がカフェに行こうと提案した。由紀のさりげない気遣いをありがたく受取り、私はカフェで気になっていたクリスマスシーズン限定のイチゴのフローズンコーヒーをホイップクリーム追加カスタムにして注文する。
由紀は「カフェラテの砂糖なし、Mサイズください」と定員さんに注文し、「ホイップクリームはお付けしますか?」という甘い誘惑を「なしでお願いします」ときっぱり断った。
カウンターで飲み物が出るのを待っていると、キャッ、という由紀の声が聞こえ、そのまま私の方に倒れかかった。私は由紀を何とか受け止め、「大丈夫?」と聞いた。どうやら、男子高校生が由紀にぶつかったようだ。
彼は気まずそうな顔をしたけれど、前方を行く仲間に呼ばれて黙ってそのまま通り過ぎようとしたので、私が「謝りなさいよ」と彼を睨んだ。
彼は「さーせん」と小さな声で呟き、足早に出口へ向かった。
「お客様、大丈夫ですか?」
店員さんに声をかけられて、私と由紀は同時に「「大丈夫です」」と答えた。
こういう時、双子だなと思いながら、私たちは顔を見合わせて笑い、空いている席に着いた。
席に座るや否や、由紀は今起きた出来事を口早に喋った。
「早紀、ほんとうにありがとう。めっちゃかっこよかったよ」
「いや、私も思わず口に出たけどさ。怖かった。ほら、今、手震えてるもん」
私は震える手を差し出しながら言った。
由紀は小刻みに揺れる私の手を両手で包んだ。血の気が引いて冷たくなった手に、由紀の手が温かい。
自分のことだとクラスメイトにすら言い返せないのに、由紀のことになると全然知らない他校の男子を睨めるなんて、自分でもびっくりしている。由紀は、「さすが早紀だよ。お姉ちゃん様様だよー」と言いながら、私の手を擦りながら喋りだした。
「早紀はさ、いつも私のことを守ってくれたよね。覚えてる?小一の時さ、私、クラスの男子からいじめられてたことあったじゃん?」
「いじめというか、からかわれてたんだよ。ほら、由紀はかわいいから、男の子たちがちょっかいかけたかっただけだよ」
「いや、あれはいじめだよ、絶対。私、太ってたじゃん、あの頃。双子のデブの方って言われてたもん。それでさ、早紀が『そういう言い方、良くないよ!』って言って自分の倍くらいある男子をこう、ドンッ、ってやって突き飛ばしてたじゃん」
由紀は私の手を放し、そのまま両手を前に突き出すポーズをしながら言った。
「そんなことあったっけ?……ごめん、全然、覚えてないや」
「ウソでしょ?覚えてないの?相手の男の子、尻餅ついて大泣きしてさ。お母さん、呼び出されてたじゃん!」
由紀は目をまん丸にして、意味がわからない、という表情をしながら話し続けた。
「あとさ、下校中になんか意味わかんないお爺さんに絡まれた時もさ、そいつに食って掛かってさ。いやー、早紀は本当に強くてかっこよかったよ」
由紀はケラケラと笑いながら懐かしそうに話をしてる。
「……由紀は、その時のこと、ずっと覚えてたの?」
「うん。え、なんで?まさかこれも忘れたの?」
由紀は「え、大丈夫?認知症?うちらまだ十七だよ?早くない?」と言いながら私の顔を怪訝そうに見つめる。私が一を言うと、三言も四言も五言も返ってくる反射神経は、さすが運動部、と思えてしまう。
「……うん。最近まですっかり忘れてて。ひょんなことで思い出したんだけどさ」
「やばいって早紀。なんで私より頭いいのにそんな大事なこと忘れちゃうのよ。早紀はいつも、私のことを全身で守ってくれたじゃん?嬉しかったよ、私は。万が一、早紀が忘れても、私は一生忘れない自信ある」
そう言うと由紀は手に持ったカフェラテを一口飲んだ。由紀が黙っている時間は、何かを口にしている時しかない、と思って、私は忘れていた理由を喋ろうとしたら、あっという間に飲み終わったようで、また由紀のターンになってしまった。
「私はさあ、早紀みたいに強くなりたかったけど気弱だったから。じゃあもう戦わずに逃げよう、って思ったのよ。そっから逃げ足だけは速くなって、陸上始めたらついでにデブが治った」
「デブが治るって……というか、細すぎだよ。ちゃんと食べてるの?」
私は心配して尋ねた。夏よりはマシに見えるけれど、私よりも背が高いのに、腕も足も、指も、私より全部細かった。
「うーん。最近、ちゃんと食べるようになったっていうか。今年の夏さ、初めてインハイ代表になれて、すごい気合入れて練習したのね。そしたら、二日前くらいから、練習中に左足がちょっと痛くてさ。でも、我慢できないほどじゃないし、絶対出たかったからみんなには黙ってたの。だって言ったら棄権しろって言われるじゃん?……だから、結局、黙って本番走ったんだけど、全然タイム出なくて、しかも最下位で。もう最悪だよね。それで、試合終わったあと病院に行ったら、足の甲の骨にヒビ入ってた」
「え、由紀、骨にヒビが入ってたの?」
由紀の衝撃発言に、私は驚いて思わず聞き返した。
「うん、そうよ。え、知らなかったの?」
「うん、知らなかった……。それは、大変だったね……」
「そう、めっちゃ大変だった!なんか、疲労骨折の原因が栄養不足らしくて。そういうの、全然知らなかったのね。とにかく体が軽くなれば速く走れると思って、太らないように食事を減らしてたんだけど、逆だったみたい。ちゃんとしっかり栄養あるもの食べて、筋肉つけて、骨を鍛えないとダメだったっぽくて」
そう言いながら、またカフェラテを口に含んだ。
「これでちゃんとカルシウム取ってるから」
由紀は自分の手に持っている砂糖なしMサイズのカフェラテを顔の前に高く上げた。
食事量を減らしたり、逆に考えながら増やしたり、どこまでもこの人たちはストイックだな、と思った。そんな、体重に悩まされる高校生アスリートの隣で、私は呑気に甘々しいフローズンコーヒーにホイップクリームまで追加したものを飲んでいて、なんだか申し訳ない気がした。
「んで、ちゃんと食べるようにしたら、生理も来た。鬱陶しいけどさ、でも来なくて不安になるよりちゃんと毎月来てる方が安心だよね、生きてるって感じがして。私の周りはさ……」と、由紀はそれからも延々としゃべり続けた。
どうやら、私が隣で何を飲んでいようが、彼女には全く関係ないようだ。
私は途中からうんうん、と頷いて聞いているふりをしながら、窓に映る黄色い太陽が沈みかける群青色の空を、ぼんやりと眺めていた。