体育館に着くと、正面に向かって右手から一年一組、二組……と続き、一番左側に三年八組まで、二十四つの列ができていた。

私は二年二組の前から十二番目、水泳部の関口(せきぐち)(こう)()の後ろに並んだ。私たちの学校は、五十音順に男女合わせて一列に並ぶ。関口くんは、一年生の時も同じクラスだったので、いつも見慣れた背中で安心する。真っ黒に焼けた関口くんは、この夏、ずっと泳いでいたんだろうか。

「あ、相馬(そうま)さん、久しぶりやね」

急に、関口くんが振り返って、声をかけてきた。ホワイトニングとか、何もしていないんだろうけど、肌が焼けすぎていて歯がほんとうに白く光って見える。

「うん、久しぶり。なんかすごい、焼けてるね」

「さすがにね。夏はずっと屋外プールやからさ」

「そっか、やっぱり……」

ずっと、練習していたんだね、と言おうとしたら、急にマイクのキーンという甲高い音が聞こえて、関口くんは前を向いてしまった。

彼も、輝く汗を流していた一人。

みんなすごいな。どうしてそんなに、頑張れるんだろう。

私はまた、先ほど教室で抱いていた考えの続きをたどろうとしていた。すぐにネガティブ思考になる、私の悪い癖。

「それでは、これより、第二学期始業式を開始いたします。一同、礼」

放送部員のアナウンスで、周囲の生徒は私語を止めて前を向き、一斉に頭を下げた。

「着席」

ぞろぞろと床に体育座りをする。体育館の床が、ひんやりして気持ちいい。

正面を見ると、関口くんの大きな背中と頭のせいで、まったく前が見えない。私は頭だけを少しずらして、正面ステージを眺める。

校長先生の始業の言葉に続いて、新しく赴任してきたALTの先生の挨拶があった。

「私の名前はパトリック・エドワーズで、アメリカ合衆国のネバダ州出身です」

私の通う高校は、県内有数の公立進学校。ALTの先生のネイティブ英語による自己紹介でも通訳はつかないし、周囲を見渡してもみんな涼しい顔をして「聞き取ってますよ」という空気が流れている。

「この学校で皆さんと共に英語の勉強やコミュニケーションを取ることができることを、とても光栄に思い、楽しみにしています」

私は英語が得意じゃない。この辺までは、何とか聞き取れていたのに、先生がBy the way(ところで)、と言ってからは、英語のスピードについていけなかった。

ラスベガス、という単語が聞こえたけれど、途中から何を言っているのかさっぱりわからない。突然、周囲が笑い声を漏らしたので、きっと何かジョークを言ったのだろう。恥ずかしいから、私も一緒に笑っておく。

すると、関口くんが後ろを振り返ってきて、

「すげえな、俺も金持ちになりたいわ」と苦笑いしながら言った。

先生の話がわからずに、周囲につられて一緒に笑ったことが関口くんにバレてしまうんじゃないかと思って、内心とても焦った。

もう一度、先生の話に意識を集中させる。

「東高校の生徒の皆さんは、知性が高いと聞いています。おそらく皆さんは、熱心に勉強し、スポーツや音楽などに励み、努力をするでしょう。いつでも最高の自分でいましょう。ベストを尽くし、毎日のハードワークで、皆さん自身で、夢を叶えてください」

Be the very best.
最高の自分でいましょう。
 
努力をしても必ずしも結果が出るわけではない。報われない努力も、確かに存在する。

どうしようもないとわかっているのに、頑張れ、頑張れって言われ続けるのは、頑張る目的さえ持てなくなった今の私にとっては、苦痛でしかない。

それなのに、なぜかエドワーズ先生の、最高の自分でいましょう、という言葉は、さっきまで卑屈な気持ちに陥っていた私の中に、ゆっくり、じわじわと浸透してくるような気がした。

私は後ろを振り返り、出席番号十一番の田代(たしろ)(けい)(すけ)に小さな声で尋ねた。

「ねえ、先生が今のスピーチでなんて話していたのか、あとで教えて」

二年になって初めて同じクラスになった田代くんは、成績が良く、大人しくて控えめな生物部の男子だ。色白で、細くて、眼鏡をかけている。私と≪同じ≫世界線にいる、言葉を選ばずに言えば、クラス内カースト最下位層所属の陰キャの一人だ。

「え、あ、うん、いいけど……」

「ありがとっ」

私はお礼を言うと、すぐに前を向いた。まだ、始業式の途中だった。