「起立、礼」「「「ありがとうございました」」」
ホームルームが終わり、学級委員の佐藤さんの号令で挨拶をする。終業式まであと二週間。佐藤さんの号令の声が聞けるのも、あとわずかだ。
期末テストは無事に全教科で平均点を超え、放課後の図書館通いも終了とした。それなのに、私は美術部の活動は自主休止したままでいる。美術部の他のみんなは、二月に行われるN県高校美術展に向けて、それぞれが作品作りに取り組んでいたのに、私はどうしても絵を描く気持ちになれなかった。
私の心は完全に、県展と期末テストで燃え尽きてしまった。
何をする気も起きず、ご飯もおいしく感じられなくて、実際に口にしたことはないけれど、灰を飲んでいるようだった。
希望が持てず、行き詰った時に、『お先真っ暗』と表現されるけど、私にとっては『現在真っ白』だった。先のことなんか考えることもできず、目の前に広がる景色が、白い灰が降りかかってきたように、真っ白に見える。
「元気ないね」
昼休み、一緒にお弁当を食べながら、文香が心配そうに声をかけてくれた。
「うん、元気ない」
「そっか。まあそうだよね」
「うん」
県展入選を聞いた翌日、文香に家で起きた話を伝えると、彼女は「まじかぁー」と言って文字通り膝から崩れ落ちた。マンガの一コマみたいだった。
その後何日間も落ち込む私に呆れることもなく、黙って寄り添ってくれる文香の存在がただひたすらありがたい。県展入選を一緒に喜んでくれて、お祝いね、と言って買ってくれたプリンを、私はその日食べきることができず、翌日ごみ箱に捨ててしまった。とにかく文香に申し訳ない思いが強くて、同時に両親に対する失望と、由紀に対する激しい憤りの気持ちが沸いてきた。
けれど、それも一瞬で醒めた。
由紀は何も悪くない。
由紀は、生まれながらにして天から与えられた容姿と体格と才能を、そのまま受け入れるだけでなく、さらに手を加え、磨き、最大限に活かしているだけだ。同じ家に生まれ育ち、全く同じ時間、正確にいえば六十秒、私の方が長く生きてきたというのに、こんなにも違った世界を生きることになるなんて。できることなら、由紀の双子の姉という立場を辞任したい。
「……文香、」
目の前にいる大切な友達に、救いを求めた。
「どうした?」
「最近、ご飯がおいしくない。おいしいご飯が食べたい」
そう言って、ほとんど手を付けなかった弁当箱の蓋を閉じて、私は机に突っ伏した。文香は、「しょうがないって。元気だそう」と言って、箸を持つ反対側の手で、私の頭をポンポン、と撫でた。
「おいしいご飯、と言えばなんだけど。クリスマスって何してる?」
「クリスマスかあ。特に何も予定はないかな。イブに由紀が帰ってくるから、その日はたぶん家族で過ごすと思う。なんで?」
聞き返すと、文香がスマホの写真を開いて、画像を見せてきた。
「二十五日、十時から一時過ぎくらいまで、料理部でイベントするから遊びに来てよ」
画像には≪東高校料理部 クリスマスパーティー≫という題名に、クリスマス料理とケーキを一緒に作りませんか、と書かれてあるカラフルなチラシが映し出されている。
「え、なにこれ!めっちゃおいしそう!」
私は画面に映る華やかな料理の写真を見て急にテンションが上がった。
「でしょ?ちなみにメインのチキンは私のレシピだからたぶんおいしいよ」
そう言うと、文香は私に今見せてきた画像をメッセージで送ってきた。
「絶対行くね!文香のご飯は絶対おいしいから食べれるわ」
「そうよ、とにかく食べないと元気でないから。はい、とりあえず食べよう!」
文香はそう言うと、私が先ほど蓋をした弁当箱を差し出した。
「……りょーかい」
私はまた、弁当箱の蓋を開いて、一番手前にあった卵焼きを口に運んだ。
何を食べても味がしない、と感じていた私の舌に、確かなしょっぱさが広がった。
ホームルームが終わり、学級委員の佐藤さんの号令で挨拶をする。終業式まであと二週間。佐藤さんの号令の声が聞けるのも、あとわずかだ。
期末テストは無事に全教科で平均点を超え、放課後の図書館通いも終了とした。それなのに、私は美術部の活動は自主休止したままでいる。美術部の他のみんなは、二月に行われるN県高校美術展に向けて、それぞれが作品作りに取り組んでいたのに、私はどうしても絵を描く気持ちになれなかった。
私の心は完全に、県展と期末テストで燃え尽きてしまった。
何をする気も起きず、ご飯もおいしく感じられなくて、実際に口にしたことはないけれど、灰を飲んでいるようだった。
希望が持てず、行き詰った時に、『お先真っ暗』と表現されるけど、私にとっては『現在真っ白』だった。先のことなんか考えることもできず、目の前に広がる景色が、白い灰が降りかかってきたように、真っ白に見える。
「元気ないね」
昼休み、一緒にお弁当を食べながら、文香が心配そうに声をかけてくれた。
「うん、元気ない」
「そっか。まあそうだよね」
「うん」
県展入選を聞いた翌日、文香に家で起きた話を伝えると、彼女は「まじかぁー」と言って文字通り膝から崩れ落ちた。マンガの一コマみたいだった。
その後何日間も落ち込む私に呆れることもなく、黙って寄り添ってくれる文香の存在がただひたすらありがたい。県展入選を一緒に喜んでくれて、お祝いね、と言って買ってくれたプリンを、私はその日食べきることができず、翌日ごみ箱に捨ててしまった。とにかく文香に申し訳ない思いが強くて、同時に両親に対する失望と、由紀に対する激しい憤りの気持ちが沸いてきた。
けれど、それも一瞬で醒めた。
由紀は何も悪くない。
由紀は、生まれながらにして天から与えられた容姿と体格と才能を、そのまま受け入れるだけでなく、さらに手を加え、磨き、最大限に活かしているだけだ。同じ家に生まれ育ち、全く同じ時間、正確にいえば六十秒、私の方が長く生きてきたというのに、こんなにも違った世界を生きることになるなんて。できることなら、由紀の双子の姉という立場を辞任したい。
「……文香、」
目の前にいる大切な友達に、救いを求めた。
「どうした?」
「最近、ご飯がおいしくない。おいしいご飯が食べたい」
そう言って、ほとんど手を付けなかった弁当箱の蓋を閉じて、私は机に突っ伏した。文香は、「しょうがないって。元気だそう」と言って、箸を持つ反対側の手で、私の頭をポンポン、と撫でた。
「おいしいご飯、と言えばなんだけど。クリスマスって何してる?」
「クリスマスかあ。特に何も予定はないかな。イブに由紀が帰ってくるから、その日はたぶん家族で過ごすと思う。なんで?」
聞き返すと、文香がスマホの写真を開いて、画像を見せてきた。
「二十五日、十時から一時過ぎくらいまで、料理部でイベントするから遊びに来てよ」
画像には≪東高校料理部 クリスマスパーティー≫という題名に、クリスマス料理とケーキを一緒に作りませんか、と書かれてあるカラフルなチラシが映し出されている。
「え、なにこれ!めっちゃおいしそう!」
私は画面に映る華やかな料理の写真を見て急にテンションが上がった。
「でしょ?ちなみにメインのチキンは私のレシピだからたぶんおいしいよ」
そう言うと、文香は私に今見せてきた画像をメッセージで送ってきた。
「絶対行くね!文香のご飯は絶対おいしいから食べれるわ」
「そうよ、とにかく食べないと元気でないから。はい、とりあえず食べよう!」
文香はそう言うと、私が先ほど蓋をした弁当箱を差し出した。
「……りょーかい」
私はまた、弁当箱の蓋を開いて、一番手前にあった卵焼きを口に運んだ。
何を食べても味がしない、と感じていた私の舌に、確かなしょっぱさが広がった。