一か月後に締め切りが迫っている県展に応募する絵が、まだ描き終わらないでいた。

描きたいものが見つかり、私は下書きまで終わっていたキャンバスをもう一度下地で塗りつぶして新しい絵に取りかかってしまった。

間に合うかどうか不安だったけど、そんなことを言っている暇があったら、描くしかなかった。

放課後、教室から渡り廊下を通って美術室に向かう途中の廊下に貼られている一枚の用紙が目に留まる。

高橋くんだ。

貼り紙をよく見ると、『東高NEWS』というタイトルの下に『二〇XX年十月一日《水》 発行・東高校文芸部』と書かれてある。

うちの学校に、文芸部なんてあったんだ。一年半もいるのに、文芸部の存在も、このような新聞が発行されていることも、知らなかった。

制服姿のまま、両手でファイティングポーズを取る高橋くんの写真の上に≪東のひと≫と書かれてある。

急に心臓が脈打ちだす。はやる気持ちで、私は記事を読み進めた。

『東高校にニューヒーローが誕生した。総合部一年七組の高橋理玖さんだ。高橋さんは七月三十日~八月四日にかけて行われた高校総合体育大会ボクシング競技大会ライトフライ級で優勝し、高校一年生ながらインターハイを制した。高橋さんはご家族の影響で小学生のころからボクシングを始め、中学生時代も全国大会優勝など、華々しい戦績をおさめている。平日は毎日十九時から二十一時のジムトレーニングに加え、毎朝五時に起床し、八キロのランニングを欠かさない。大会直前は減量のため、隙間時間にも練習するほか、試合の一か月前からはお菓子を一切口にしないという徹底ぶりだ。高橋さんは「優勝は実力以上の結果で、幸運でした」と謙遜するが、たゆまぬ努力がもたらした結果であることは言うまでもない。周囲からは県内のボクシング部がある強豪校への進学を進められたそうだが、「勉強も頑張りたかったので」と、東高校を一般受験した。学校の宿題や授業の予習・復習は、放課後ジムに通う前や、早朝のランニング時間も活用して行っているそうだ。十月初旬には国体出場が控えている。文武両道の戦士は「ベストを尽くしたいです」と高校二冠を目指す』

私は記事を見ながら立ち尽くす。

高橋くんのことを、私は全然知らなかった。シャイで、不器用で、優しい彼の、身を削るような日々。高橋くんのことも、由紀のことも、心のどこかで天に愛された特別な人だと思っていた。そう思うことで、自分が何のとりえもない、普通の高校生でいても問題ない、みたいな言い訳ができるような気分でいた。でも、そうじゃない。確かに、高橋くんも、由紀も、恵まれた才能や体形などがあったのかもしれないけれど、自分自身でそれを磨き続けてきたのだ。報われるかどうかもわからない、途方に暮れるような毎日を、それでも力の全てを賭けてきたのだ。輝く一瞬があると信じて。

身近に、どうあがいたって勝てっこない天才がいるからと言って、平凡な私が頑張らなくていい理由にはならない。

描かなきゃ!

私は急いで、美術室に向かって走り出した。