しばらく、お互い黙って作業を続けた。
先週、少し距離が近づいたと思ったのに、また遠く離れてしまった。
「あー!」
青組のパネルに描かれている龍の鱗を一つ一つ塗りつぶしている時、急に教室での出来事を思い出して、私は思わず叫んだ。
高橋くんは驚いてビクッと肩を跳ねて、「えっ?」と言って私の方を見た。
「あ、ごめん!頼まれごとを思い出しちゃって……」
「頼まれごと?」
聞き返してきた高橋くんの表情は、先ほどまでの険しさはなく、いつもどおりの顔つきに戻っていた。
良かった。大丈夫そう。
私はホッとしながらも、四時限目が終わった後、教室で根本さんと渡辺さんから半ば強制的に指示をされた、体育祭の応援ムービーに高橋くんに出てもらいたいから、お願いしてきてほしいと言われたことを伝えた。
「え、いやなんですけど」
即答で拒否された。やっと柔らかくなった高橋くんの顔が、また一瞬で曇る。
「……ですよね」
人見知りでシャイな彼が、こんな話を引き受けるとは到底思えなかった。
「ごめんね、迷惑かけて。嫌だよね。ちゃんと断っておくから、今のは気にしないでね」
私は高橋くんの損ねた機嫌を何とかして取り戻そうと、早口にそう言って自分の作業に戻った。
再びの沈黙が胸をキュッと締め付ける。
やってしまった、言わなきゃよかった、と後悔が襲った。どうせ断られることなんてわかっていたんだから、はじめから引き受けなきゃよかった。無理だよ、高橋くん、そういうの好きじゃないよって、言えたらよかったのに。
根本さんに目を付けられるよりも、高橋くんから幻滅されることのほうがつらい。
どうしよう。
私が余計なことを言ったから、嫌われてしまったかもしれない。せっかく、仲良くなれたと思ったのに。なんでこんなに嫌なことばっかり、起きるんだろう。
私はまた泣きそうになった。涙は出なくても、心の中は土砂降りだ。
そんな、大雨に打たれている私の気持ちをよそに、高橋くんは沈黙を切り裂くように口を開いた。
「……先輩。俺、ムービー出てほしいって頼んできた人と直接会って喋りたいから、今から先輩の教室についていってもいいですか?」
「へ?」
高橋くんからの予想外の発言で、私は思わず変な声が出てしまう。
すると高橋くんは、筆とバケツを片付け始めて、「はい、行きましょう」と言って扉の前で私を待っている。
雷だ。
大雨を降らす雲の合間に鋭く光る稲妻と、その数秒後に轟音を響かせる雷みたいだなと思った。
パネル係になってからというもの、私の周りには予想外の動きをする人たちばかりで、私はころころと移り変わる天気に振り回され続けているみたいだった。
何にもわからないまま、私はうん、と頷いて、彼に次いで美術室を出た。私の感情と裏腹に、渡り廊下はカンカンと日差しが降り注ぎ、ミーンミーンと蝉の声がうるさく響き渡っていた。
先週、少し距離が近づいたと思ったのに、また遠く離れてしまった。
「あー!」
青組のパネルに描かれている龍の鱗を一つ一つ塗りつぶしている時、急に教室での出来事を思い出して、私は思わず叫んだ。
高橋くんは驚いてビクッと肩を跳ねて、「えっ?」と言って私の方を見た。
「あ、ごめん!頼まれごとを思い出しちゃって……」
「頼まれごと?」
聞き返してきた高橋くんの表情は、先ほどまでの険しさはなく、いつもどおりの顔つきに戻っていた。
良かった。大丈夫そう。
私はホッとしながらも、四時限目が終わった後、教室で根本さんと渡辺さんから半ば強制的に指示をされた、体育祭の応援ムービーに高橋くんに出てもらいたいから、お願いしてきてほしいと言われたことを伝えた。
「え、いやなんですけど」
即答で拒否された。やっと柔らかくなった高橋くんの顔が、また一瞬で曇る。
「……ですよね」
人見知りでシャイな彼が、こんな話を引き受けるとは到底思えなかった。
「ごめんね、迷惑かけて。嫌だよね。ちゃんと断っておくから、今のは気にしないでね」
私は高橋くんの損ねた機嫌を何とかして取り戻そうと、早口にそう言って自分の作業に戻った。
再びの沈黙が胸をキュッと締め付ける。
やってしまった、言わなきゃよかった、と後悔が襲った。どうせ断られることなんてわかっていたんだから、はじめから引き受けなきゃよかった。無理だよ、高橋くん、そういうの好きじゃないよって、言えたらよかったのに。
根本さんに目を付けられるよりも、高橋くんから幻滅されることのほうがつらい。
どうしよう。
私が余計なことを言ったから、嫌われてしまったかもしれない。せっかく、仲良くなれたと思ったのに。なんでこんなに嫌なことばっかり、起きるんだろう。
私はまた泣きそうになった。涙は出なくても、心の中は土砂降りだ。
そんな、大雨に打たれている私の気持ちをよそに、高橋くんは沈黙を切り裂くように口を開いた。
「……先輩。俺、ムービー出てほしいって頼んできた人と直接会って喋りたいから、今から先輩の教室についていってもいいですか?」
「へ?」
高橋くんからの予想外の発言で、私は思わず変な声が出てしまう。
すると高橋くんは、筆とバケツを片付け始めて、「はい、行きましょう」と言って扉の前で私を待っている。
雷だ。
大雨を降らす雲の合間に鋭く光る稲妻と、その数秒後に轟音を響かせる雷みたいだなと思った。
パネル係になってからというもの、私の周りには予想外の動きをする人たちばかりで、私はころころと移り変わる天気に振り回され続けているみたいだった。
何にもわからないまま、私はうん、と頷いて、彼に次いで美術室を出た。私の感情と裏腹に、渡り廊下はカンカンと日差しが降り注ぎ、ミーンミーンと蝉の声がうるさく響き渡っていた。