「相馬さん、ちょっと今いい?」
四時限目のチャイムが鳴り、鞄からお弁当を取り出して文香が来るのを待っていると、根本さんと渡辺さんが目の前に立っている。
「え?」
席に座ったまま二人を見上げると、満面の笑みを浮かべて私に有無も言わさずにしゃべりかけてきた。
「あのさ、お願い事があるんだけど。私たち体育祭実行係で、各組それぞれ応援ムービーを作ることになったね。それで、できればなんだけど、一年の高橋理玖くんに出演してもらえないかなって思って。高橋くんも、パネル係なんでしょ?本田に聞いたら、あいつ『一回も行ってない』とか言い出すからさ。相馬さん、接点あるでしょ?お願いしてもらっていい?」
根本さんの『お願いしてもらっていい?』は、≪イエス≫か≪はい≫かで答える選択問題みたいに、回答側の拒否権は一切ない。
「え、あ、うん……。えっと、どんな……」
どんな感じのムービーなのか、彼に何をお願いすればいいのかわからず聞き返そうとすると、後ろから「ここ!」と呼ぶ声が聞こえた。渡辺さんと付き合っていると噂されているサッカー部の橋本くんが、渡辺さんの下の名前、心菜を短くそう呼ぶと、渡辺さんと根本さんは同時に振り向いて、「待って、すぐ行くー」と返事をした。
「ごめん、相馬さん。うちら、食堂行かなきゃだから、よろしくね」
渡辺さんがそう言って、根本さんとお互いに顔を合わせて高い声で笑いながら喋り合い、肩をぴったり寄せ合って、橋本くんたちのいる場所に向かって歩いていった。
ゲリラ豪雨だ。
いきなりやって来て、突然の大雨を降らして、あっという間に去っていく、最近よく降る雨みたいだなと思った。何も準備していない身からしたら、びしょ濡れになったも同然だ。
意味がわからない。
泣きそうになりながらも、私は、そうだ文香、と思い出し、文香のいる席を見た。文香は自分の席でお弁当を食べていて、私と目が合うと「お先」というように箸を持つ右手を軽く上げた。
「ごめん、文香」
私は文香の席に向かうと、文香は急いで口の中のご飯を飲み込み、「いやいや、全然」と言った。
「というか、こっちこそごめん。先に食べてて。なんか、絡まれてたね。大丈夫だった?」
心配そうにこちらを窺う文香の顔が、余計に私を不安にさせる。
「もうやだ、ほんとに……。パネル係辞めたい……」
両手で顔を覆い、頭を左右に振った。クラスにいる陽キャの一軍女子たちから目を付けられないように、一学期は極力目立たず、静かに過ごした。おかげで教室の隅っこで陰ひなたに咲く雑草のように過ごしてこられたのに、二学期に入ってまだ三週間も経っていないというのに、あまりにも絡まれる回数が多いし、応じる難易度もどんどん高くなってきている。
これも全部、体育祭のせいだ。パネル係のせいだ。高橋くんのせいだ。
「ごめんね、助けてあげられなくて。私から、根本さんたちに何か伝えておくことある?」
文香は私を気遣ってそう言ってくれたけれど、文香だって別に彼女たちと親しいわけではない。文香に余計な火の粉がかからないようにしよう、と思って、「いや、大丈夫。ごめん、今日お昼は向こうで食べてくるね」と言って、私はお弁当を手に取り、美術室に向かった。
四時限目のチャイムが鳴り、鞄からお弁当を取り出して文香が来るのを待っていると、根本さんと渡辺さんが目の前に立っている。
「え?」
席に座ったまま二人を見上げると、満面の笑みを浮かべて私に有無も言わさずにしゃべりかけてきた。
「あのさ、お願い事があるんだけど。私たち体育祭実行係で、各組それぞれ応援ムービーを作ることになったね。それで、できればなんだけど、一年の高橋理玖くんに出演してもらえないかなって思って。高橋くんも、パネル係なんでしょ?本田に聞いたら、あいつ『一回も行ってない』とか言い出すからさ。相馬さん、接点あるでしょ?お願いしてもらっていい?」
根本さんの『お願いしてもらっていい?』は、≪イエス≫か≪はい≫かで答える選択問題みたいに、回答側の拒否権は一切ない。
「え、あ、うん……。えっと、どんな……」
どんな感じのムービーなのか、彼に何をお願いすればいいのかわからず聞き返そうとすると、後ろから「ここ!」と呼ぶ声が聞こえた。渡辺さんと付き合っていると噂されているサッカー部の橋本くんが、渡辺さんの下の名前、心菜を短くそう呼ぶと、渡辺さんと根本さんは同時に振り向いて、「待って、すぐ行くー」と返事をした。
「ごめん、相馬さん。うちら、食堂行かなきゃだから、よろしくね」
渡辺さんがそう言って、根本さんとお互いに顔を合わせて高い声で笑いながら喋り合い、肩をぴったり寄せ合って、橋本くんたちのいる場所に向かって歩いていった。
ゲリラ豪雨だ。
いきなりやって来て、突然の大雨を降らして、あっという間に去っていく、最近よく降る雨みたいだなと思った。何も準備していない身からしたら、びしょ濡れになったも同然だ。
意味がわからない。
泣きそうになりながらも、私は、そうだ文香、と思い出し、文香のいる席を見た。文香は自分の席でお弁当を食べていて、私と目が合うと「お先」というように箸を持つ右手を軽く上げた。
「ごめん、文香」
私は文香の席に向かうと、文香は急いで口の中のご飯を飲み込み、「いやいや、全然」と言った。
「というか、こっちこそごめん。先に食べてて。なんか、絡まれてたね。大丈夫だった?」
心配そうにこちらを窺う文香の顔が、余計に私を不安にさせる。
「もうやだ、ほんとに……。パネル係辞めたい……」
両手で顔を覆い、頭を左右に振った。クラスにいる陽キャの一軍女子たちから目を付けられないように、一学期は極力目立たず、静かに過ごした。おかげで教室の隅っこで陰ひなたに咲く雑草のように過ごしてこられたのに、二学期に入ってまだ三週間も経っていないというのに、あまりにも絡まれる回数が多いし、応じる難易度もどんどん高くなってきている。
これも全部、体育祭のせいだ。パネル係のせいだ。高橋くんのせいだ。
「ごめんね、助けてあげられなくて。私から、根本さんたちに何か伝えておくことある?」
文香は私を気遣ってそう言ってくれたけれど、文香だって別に彼女たちと親しいわけではない。文香に余計な火の粉がかからないようにしよう、と思って、「いや、大丈夫。ごめん、今日お昼は向こうで食べてくるね」と言って、私はお弁当を手に取り、美術室に向かった。