「……取れてる?」
私は石鹸で顔を洗い流し、ティッシュで拭いたあと、高橋くんに聞いた。
「あ、全然残ってないです。きれいに消えてます。俺は取れてます?」
高橋くんも同じように石鹸で顔を洗い流しているのに、まだ青色が完全に取れていない。
「ううん、ちょっとまだ残ってる」
高橋くんは、えーまじかー、と言いながら、もう一度水で左頬を濯いだ。
すると、ポポポ、ポポポ、と高橋くんのスマホのアラームが鳴った。そろそろ片付けて戻らないと、午後の授業に遅れてしまう。
「落ちそう?」
私が筆を片付けながら聞くと、うーん、と言いながら「無理そう」という返事が聞こえた。どうしよう、と思っていたら、高橋くんが
「あ、全然、大丈夫なんで、気にしないでくださいね」と言って、私と一緒に筆を片付けて、青く汚れた頬のまま美術室を出た。
「ごめんね、ほんとうに。高橋くんのファンの子たちから、体育館裏に呼び出されて怒られそう」
私が冗談半分、本気半分でそう言うと、高橋くんは「そんなことあるわけないですって。マンガの読みすぎっすよ」と言ってクシャっと笑った。目尻に皺が集まるその顔に、不覚にもドキリとさせられてしまう。
絵の具は時間をかけてゆっくり洗えば必ず落とせるからよかったけど、もし万が一、国体出場選手に怪我でもさせたらと思うとゾッとする。ほんとうに申し訳ないことをした、と思って階段を下りていると、前から「先輩、」と声をかけられた。
「ちゃんと手すり持って、前見て降りてください。先輩、危なっかしいから、心配です」
「……はい、ごめんなさい」
もう、どちらが年上かわからない。
私は黙って彼の言うことに従い、手すりをもって階段を降りる。
「……あと、ほっぺに付いた絵の具、ちょっと残って、嬉しいです。記念になるから」
高橋くんは、そう言いながら私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
「記念?どういうこと?」
意味が分からなくて聞き返すと、高橋くんは「内緒っす」と言ってまたにこっと笑った。
「俺、鍵を返してから教室戻るんで。また来週、お願いします」
じゃあ、と言って彼は用務員室に入っていった。