想像もつかなかった≪なんか≫は、あっという間に訪れた。

「相馬さーん!」

四時限目の授業が終わり、早く昼食を終えて美術室に行かなきゃ、と思って急いでお弁当を食べていたら、サッカー部の橋本くんが廊下側の席から大きな声で私を呼んでいる。

え?どういうこと?

びっくりして、思わず顔を上げた私に、橋本くんがさらに呼びかける。

「呼ばれてるよ」

そう言って橋本くんが指さす先に、彼がいた。

「すみません、高橋です」

高橋くんが、私のクラスの教室に来ている。

周囲が一気にざわつき始めて、「え、高橋?」「あのボクシングの?」「やば、超かっこいい」などと、あちらこちらから声が聞こえる。

私は慌てて箸を置き、彼のもとに走り寄る。

教室中が私を見ていて、「え、相馬さん?どういうこと?」という、橋本くんの彼女と噂されている渡辺さんの、高く澄んだ声が矢を射るように、私の耳に突き刺さった。

「……えっと、今日からだよね?ごめんね、昼ご飯食べたらすぐ行こうと思ってたの」

「あ、そうだったんですね。美術室に行ったら、鍵が開いてなかったんで、先輩が持ってるのかなって思って来ちゃいました」

廊下を通る他のクラスの生徒たちも、チラチラと私たちを見ては「うわ、高橋理玖じゃん!」「ねえ、高橋くんがいるよ!」などと言って騒ぎ立て、ときどき「ねえ、ボクシングの一年だよね?」などと言って絡んでくる人もいる。

男子は野球部か、ラグビー部。女子はどこか運動部系の部活、もしくはマネージャーといったところだろう。

絡まれるたびに、高橋くんは「どもっす」と言い、表情を無にして小さく会釈する。

逆に、さっきまで騒がしかった教室が、うそのように静まり返っていて、私たちの会話を盗み聞いているような気さえした。

「あー……、ごめんなさい、伝えていなくて。用務員室で借りなきゃいけないの。すぐに片付けて追いかけるので、先に行っててもらえますか?」

周りのクラスメイトから会話を聞かれていると思うと、自然と体が強ばって、口調が丁寧になってしまう。

「えっと、用務員室って、どこですか?すみません、場所わかんなくて」

「あ、そうなんだ……。えっと、じゃあ、ちょっと待ってて」

私が両てのひらを彼に向けてストップ、の動きをすると、高橋くんは無言でこくん、と頷いた。

私は急いで自分の席に戻り、食べかけのお弁当箱を片付けて、クラス中の視線を無視して、教室の外に出た。