「えっ!どういうこと!あのボクシングの彼に、昼休み一緒にいようって言われたの?」
三連休翌日の朝、文香に事情を伝え、お昼ごはんを食べたらすぐに美術室に行かなければならないと伝えると、びっくりしたのか、かなりの声量で返事が来たので、クラスメイトの何人かが私たちの方を見た。
ああ、もう。目立つからやめてよ。
私は慌てて周りを見渡すと、私の苦手な女子たち、すなわち運動部系のクラス内カースト一軍女子たちは、私たちのいる場所の反対側の席で、文香よりももっと大きな音で手を叩き、朝から大声で笑い転げていた。周囲からの視線がなくなったのを確認して、私は「文香!」と極力小さくした声でたしなめる。
「もう、声が大きいって。そういうのじゃないから!」
「ごめん、ごめん。いや、大きくなるって。どういうことよ?説明求む」
文香とは毎日昼休みに一緒にお昼ご飯を食べているけれど、基本的には文香の話を聞くばかりで、パネル係の話は全くしていなかった。最近はもっぱら体育祭のダンスが全然覚えられなくて大変だとか、どの競技に出れば目立たないかとか、いかにして周囲の足を引っ張らず、クラスの上層部の人たちに目を付けられずに体育祭を乗り切るか、ということばかり話していた。体育祭は、私たちのような文化系陰キャにとっては、陽キャのクラスメイトたちがキラキラ眩しくて、心も体も痛々しく消耗してしまう学校行事の一つだ。
「高橋くん……あの、ボクシングの一年生ね。高橋くんが、放課後残ってパネル係ができないから、昼休みに作業したいっていうから、美術室を開けてあげるだけだよ」
「へぇー、すご。ボクシングするような人が、絵を描くみたいな繊細な作業するの、全然想像できんのだが」
「うん。なぜかわからないんだけど、毎日クラスメイトの男子と一緒に来て、全然上手じゃないけど頑張っているから、断る理由もない、っていう感じで……。見ていないと、時々違う色で塗ったりするから、サポートしてあげないといけなくて……」
私は早口にそう答える。
「ふーん。それだけ?」
先ほど声が大きいと言われたからか、文香は私に顔を近づけて極力小さな声で問いかけてくる。
「え?それだけって?」
「だってさ。正直、その子が昼休みにやらなくても、何とかなるんでしょ、パネル。昼休み一緒についてあげて、面倒見てあげないといけないのって、逆に大変じゃない?なのに、そんなことまでしてあげるのって、もしや彼に恋してたりなんかしてる?」
ニヤニヤしながらたたみかけてくる文香に、私は焦る。
「いやいやいや。そんなわけないじゃん。やめてよ、全然、そんなんじゃないから!」
さっきまで文香に大きな声を出すな、と言っていた自分が、思わず大きな声を出してしまった。ハッとして振り返ると、こちらの声に反応した一軍女子たちがこちらを見ていて、その中心人物の一人、女子バレー部の根本さんと一瞬目が合う。
やばい。目立ってしまった。
私はごめんなさい、というように、ペコリ、と頭を下げて根本さんを見ると、彼女はにこりともせず振り返り、再びグループで話し始めた。
私も文香に視線を戻す。文香が、「早紀も声でかいって」と言って、私の肩をポン、と叩く。
「早紀、焦りすぎ。大丈夫だよ、早紀がああいう感じの人好きになるわけないってわかってるし。体育会系で、いかにも陽キャって感じでさ。うちらとは真逆にいる人じゃん」
再び、小声で文香が話し始めると、ちょうど朝礼五分前の予鈴が鳴った。
「うん……、まあ、そういうわけで、今日からお昼ごはん食べたら、美術室に行くね」
「了解!まあ、何にもないと思うけど、気を付けてね。一応、有名人だし、なんかあったら大変だからさ」
じゃあね、と言って、文香は自分の席に戻って行った。担任が「みんな、おはよー」と言いながら教室に入ってくる。
何にもないと思うけど、なんかあったら。
文香の言葉を頭の中で反芻する。何にもないと思うけど、なんかあったら、どうしよう。なんか、が一体何なのか、全く想像もつかないけれど。
三連休翌日の朝、文香に事情を伝え、お昼ごはんを食べたらすぐに美術室に行かなければならないと伝えると、びっくりしたのか、かなりの声量で返事が来たので、クラスメイトの何人かが私たちの方を見た。
ああ、もう。目立つからやめてよ。
私は慌てて周りを見渡すと、私の苦手な女子たち、すなわち運動部系のクラス内カースト一軍女子たちは、私たちのいる場所の反対側の席で、文香よりももっと大きな音で手を叩き、朝から大声で笑い転げていた。周囲からの視線がなくなったのを確認して、私は「文香!」と極力小さくした声でたしなめる。
「もう、声が大きいって。そういうのじゃないから!」
「ごめん、ごめん。いや、大きくなるって。どういうことよ?説明求む」
文香とは毎日昼休みに一緒にお昼ご飯を食べているけれど、基本的には文香の話を聞くばかりで、パネル係の話は全くしていなかった。最近はもっぱら体育祭のダンスが全然覚えられなくて大変だとか、どの競技に出れば目立たないかとか、いかにして周囲の足を引っ張らず、クラスの上層部の人たちに目を付けられずに体育祭を乗り切るか、ということばかり話していた。体育祭は、私たちのような文化系陰キャにとっては、陽キャのクラスメイトたちがキラキラ眩しくて、心も体も痛々しく消耗してしまう学校行事の一つだ。
「高橋くん……あの、ボクシングの一年生ね。高橋くんが、放課後残ってパネル係ができないから、昼休みに作業したいっていうから、美術室を開けてあげるだけだよ」
「へぇー、すご。ボクシングするような人が、絵を描くみたいな繊細な作業するの、全然想像できんのだが」
「うん。なぜかわからないんだけど、毎日クラスメイトの男子と一緒に来て、全然上手じゃないけど頑張っているから、断る理由もない、っていう感じで……。見ていないと、時々違う色で塗ったりするから、サポートしてあげないといけなくて……」
私は早口にそう答える。
「ふーん。それだけ?」
先ほど声が大きいと言われたからか、文香は私に顔を近づけて極力小さな声で問いかけてくる。
「え?それだけって?」
「だってさ。正直、その子が昼休みにやらなくても、何とかなるんでしょ、パネル。昼休み一緒についてあげて、面倒見てあげないといけないのって、逆に大変じゃない?なのに、そんなことまでしてあげるのって、もしや彼に恋してたりなんかしてる?」
ニヤニヤしながらたたみかけてくる文香に、私は焦る。
「いやいやいや。そんなわけないじゃん。やめてよ、全然、そんなんじゃないから!」
さっきまで文香に大きな声を出すな、と言っていた自分が、思わず大きな声を出してしまった。ハッとして振り返ると、こちらの声に反応した一軍女子たちがこちらを見ていて、その中心人物の一人、女子バレー部の根本さんと一瞬目が合う。
やばい。目立ってしまった。
私はごめんなさい、というように、ペコリ、と頭を下げて根本さんを見ると、彼女はにこりともせず振り返り、再びグループで話し始めた。
私も文香に視線を戻す。文香が、「早紀も声でかいって」と言って、私の肩をポン、と叩く。
「早紀、焦りすぎ。大丈夫だよ、早紀がああいう感じの人好きになるわけないってわかってるし。体育会系で、いかにも陽キャって感じでさ。うちらとは真逆にいる人じゃん」
再び、小声で文香が話し始めると、ちょうど朝礼五分前の予鈴が鳴った。
「うん……、まあ、そういうわけで、今日からお昼ごはん食べたら、美術室に行くね」
「了解!まあ、何にもないと思うけど、気を付けてね。一応、有名人だし、なんかあったら大変だからさ」
じゃあね、と言って、文香は自分の席に戻って行った。担任が「みんな、おはよー」と言いながら教室に入ってくる。
何にもないと思うけど、なんかあったら。
文香の言葉を頭の中で反芻する。何にもないと思うけど、なんかあったら、どうしよう。なんか、が一体何なのか、全く想像もつかないけれど。