六時限目の授業が終わり、簡単に教室の掃除をしてから、夕方のホームルームの時間になった。
今日から、体育祭の係が始まる。
「みんな、ケガには十分に気を付けて、今日から準備を頑張ってくださいね。係の仕事は、十八時までに必ず終えること!以上です」
担任の言葉に、今日から学級委員長になった安藤くんが、「あ、そうか、俺か」と言いながら、「起立ー!」と言い、みんな一斉に席を立った。
「気を付け、礼」
「「さようなら」」
解散、となり、鞄に教科書を詰めていたところ、「相馬さん」と声をかけられた。野球部の本田くんだ。坊主頭の本田くんは、ぱっちり二重で愛くるしい顔をしていて、こちらも日に焼けて黒くなっている。
「あ、本田くんもパネル係だよね。今日から、よろしくお願いします」
私が頭を下げると、本田くんは苦笑いしながら「それなんだけどさ、」と話し始めた。
「パネル係って、何するの?オレ、初めてだし、あと絵心も全然ないからさ、何したらいいのかなって思って」
「大丈夫だよ。絵のモチーフは『今年はこれ』っていうのが決まっているし、その中から好きなデザインを組ごとにみんなで話し合って選んだり、パネルも、下絵を透写してそれに沿って線を描いたり、色を塗ったりするだけだから、失敗しないよ」
絵のモチーフは、話し合いが揉めて決まらず、作画時間が無くなることがないように、三年に一回のサイクルであらかじめ決めてあるのだ。去年のテーマは『仏像』で、金剛力士像と風神雷神像をそれぞれ一モチーフずつ、色別に分けて描いた。今年のテーマは『四神』で、青龍・白虎・朱雀・玄武をそれぞれの色別に分けて描く。ちなみに来年のテーマは『自然』で、風林火山をそれぞれの色に合わせて表現する。下絵となるデザインは、夏休み前に、美術部員がそれぞれ四つずつ作成済みで、パネル係に選ばれたメンバーが話し合って決める、ということになっているのだ。
「あ、うん……、ごめん、それって俺も出なきゃいけない?」
私よりも背が高いのに、上目遣いのような表情で、本田くんは聞いてきた。
「え?どういう意味?」
「いや、さ。俺、部活があって。相馬さんは、ほら、美術部だからさ。代わりにやっといてくれないかなーって、思ったりなんかして……」
なんとなく、そうじゃないかと薄々気づいてはいたものの、私はやはりショックだった。活動初日から来ないだなんて。部活って言えば、何でも許されると思っているのだろう。これだから、運動部は、陽キャは、嫌いなんだ。
「…………わかった」
全然、納得いかないけど、言い返すのはもっと怖いから、私は黙って従った。
「ホントごめん!ありがとう!助かるよ」
本田くんはパチン、と両手を合わせながらそう言って、走って教室から出て行った。
はあ、とため息を一つこぼして、鞄の持ち手を肩に掛け、私は美術室に向かった。
美術室に着いたら、既に私の他の美術部員四人は集まって、黒板に『体育祭パネル係』『赤組』などと文字を書いている最中だった。
「ごめん、遅くなりました」
「「「早紀さん、お疲れさまです」」」
美術部員の一年生女子三人が、次々に声をかけてきたので、私も「お疲れさま」と返事をした。パネル係の人たちも、何人か集まって、机ごとに椅子を持ってきて座って待っている。
「和くん、どんな感じ?」
美術部で唯一の同級生、結城和孝に声をかけた。
「一年は今のところ全員来るんじゃないかな。二年は半分来るかどうか」
「それでさ、ごめんなんだけど。二年二組、私だけです」
「は?嘘だろ。もう一人は誰?」
「本田くん。野球部の。部活って言われた」
「はぁ……。まあ、しょうがないな。それよりさ、相馬は大丈夫なの?」
「大丈夫って、何が?」
「県展の方。夏休み、一回も来てなかったじゃん。間に合うの?」
真剣なまなざしで問いかけられ、気まずさに思わず目を伏せる。
県展とは、毎年開催されている県内最大の美術公募展のことだ。東高校の美術部は基本的に生徒の自主性を重んじていて、自分が挑戦したいコンテストを探して応募するのだが、この県展応募は特別な事情がない限り、全員必須参加となっている。今年は十一月一日が美術館への作品搬入日、すなわち応募締切日なのに、私は夏休み期間をサボってしまったせいで、全然絵を進められていない。
「最終的に応募できる状態にはするつもりだから、大丈夫」
「ふーん。まあ、相馬がそれでいいなら、別に俺はいいけど」
そう言うと、和くんは続々と集まってきているパネル係の人たちに向かって話しだした。突き放されたような言い方に、不安が募り、手先が冷たくなるのを感じた。
「パネル係のみんな、聞いて!左前が青組、えっと……一組と八組。その後ろが赤組、二組と七組か?右前が白組、えっと、三組と六組。その後ろに四組、五組の緑組になるので、組ごとに集まって、各自椅子を持ってきて座って待っててください」
和くんの指示に従って、パネル係に選ばれた一、二年生がぞろぞろと動き出す。
ニコニコしている人もいれば、明らかに気だるそうな顔をしている人もいる。それでも、今日来ただけでも、偉いと思う。どうせ二週目には、半分くらいがいなくなっているのだから。
そんなことを考えていると、美術室の後ろのドアが開いて「すみません、遅くなりました!」という声とともに、男子生徒が二人入ってきた。