夕焼け色に染まる美術室は、床に敷かれた新聞紙が動くたびにカサカサとこすり合う音のほかに、ときどきクーラーからプシューっと空気の抜ける音が聞こえるだけで、静かだった。

私はハッとして壁に掛けられている時計に目をやると、時刻は既に十七時を過ぎていた。

今日は日曜日で、チャイムが鳴らないことに気がつかなかった。

しまった、と思い、慌てて隣にいる彼に声をかけようと反対側に顔を向けた。

彼の背中は、まるで今にも溶けだして、パネルに描かれた生き物と一体化してしまうのではないかと思えるほど、オレンジ色に燃えていた。

吸い込まれそうなくらい真剣な眼差しで、羽のひとつひとつを、静かに、朱色に塗りつぶしている。

没我、という言葉が思い浮かんだ。

声をかけなきゃいけないのに、それすらはばかられてしまうほどの、集中。

血管がいっぱい浮き出るほど細いのに、たくましい腕。すっと伸びた首筋。短く整えられた襟足。きれいな横顔。

彼の身体に引き寄せられるように見とれていると、突然、彼はふふっと小さく笑みをこぼした。

「先輩、そんなに見られると、恥ずかしいっすよ」

「えっ」

私が見ていることに、気づいていたんだ。今も、パネルに目を落としているのに、なんで。

「どうしました?」

彼はようやく筆を持つ手を止めて、ゆっくりと顔を上げ、まっすぐに私の目を見ながら聞いてきた。

柔らかい笑顔に耐えられなくて、私は思わず視線を壁に向けた。

「あの、えっと、ごめん。時間が、大丈夫かなって、思って……」

彼は私の視線の先にある時計に目を向けると、ヤベッ、と言って床から立ち上がった。

「すみません。そろそろ、帰らないといけなくて。片付けてもいいですか?」

「あ、いいよ、私ひとりで片づけておくから、高橋くんは先に帰って」

私がそう言いながら立ち上がった時には、彼は水が入った筆洗いバケツを持って水道に向かって歩いていた。

「高橋くん、私が後片付けするから、先に帰ってもいいよ」

聞こえてなかったのかと思ったから、もう一度言うと、彼は既にバケツの中の水を捨てて洗い流し、水道の上の棚にひっくり返して置きながら並べていた。

「先輩は、電車通学ですか?」

私の話なんて全然聞いていないのか、彼は筆を水で洗い流し、ペーパータオルで拭きながら、バケツの横に置きつつ質問してきた。

「えっと、そう、だけど……」

「俺、自転車通学なんで、駅までしか送れないんですけど、一緒に帰りましょう」

私は彼が何を言っているのか、一瞬わけがわからなくて固まってしまっていると、彼はもう手も洗い終えて、右手に自分の鞄を、左手に私の鞄を持ち上げていた。

「帰りましょ、先輩。俺、この後、走りに行かなきゃいけなくて」

「あ、うん……」

断ることもできず、私は急いで手を洗い、スタスタと前を歩く彼の背中を、パタパタと走って追いかけた。