日曜日は、少し曇っていた。
僕は折りたたみ傘をカバンに入れて、待ち合わせの駅に向かう。太田と休日に会うのは初めてだったので、少し緊張している。
「……あ」
駅の改札の近くに太田は居た。上下を黒色で統一したファッションで、スマートフォンをいじっている。スニーカーの赤いラインが目立っていて、格好良いと思った。
僕は、なんとなく、おそるおそる彼に近付いて遠慮がちに声を掛けた。
「お、おはよう。太田」
「ん? あ、おはよう今井……って、何、そのファッション!」
「え? 変かな……?」
僕は薄手の茶色いカーディガンを見る。中には白いシャツを着て、緑色のズボンを履いている……これらは全部、選んでもらったものだけど。
僕は不安気に自分の姿を駅の窓ガラスで見ようとしたけど、太田に両手を掴まれたことでそれは阻止されてしまった。
「可愛い!」
「……へ?」
「めっちゃ似合ってる! 今井、センス良いな!」
「いや……これは姉に選んでもらって……」
「え? お姉さん居るん!?」
「うん。大学三年生」
あんまり姉とは会話をしない。けど、初めての「デート」だから着るものに困った僕は、就活でかりかりしている姉に彼女の好物のプリンを差し入れて相談したのだ。
クラスメイトの男の子とデートするんだけど、どんな格好をすればいい——と。
すると、何故か姉は張り切って上から下までトータルコーディネートしてくれた。太田のことを紹介しろとも言われた。姉は高校生のような年下がタイプなのだろうか……弟は少し心配です。
経緯を太田に説明すると、彼はその場にうずくまってしまった。
「太田、体調悪い?」
「いや……今井って、ちょっと天然だよな」
太田は立ち上がり、僕に手を差し出す。
「ほら、デートなんだから手を繋ぐの!」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの!」
なんだか照れ臭い。
けど、断る前に太田は僕の手を取って歩き出した。この前の放課後の時みたいに震えていないその手の体温を感じて、僕はこっそり安心したのだった。
***
「これ、本当に五百円!?」
「そう書いてあるだろ」
「うわ……すごく格好良い」
僕たちは、前に太田が言っていた商店街のアクセサリー屋さんに来ている。店長さんは茶髪の女性で、太田とは付き合いが長いらしい。お互い、軽い口調で会話をしている。
「珍しいね。充君がお友達連れて来るなんて初めてじゃない?」
「うん。まぁ、そうっスね」
言いながら、太田はシルバーの小ぶりのピアスを手に取って、僕の耳元に当てた。
「これ、似合うと思う」
「そうかな……」
僕は備え付けてある鏡を見る。シンプルなデザインで、こういうの良いなって思った。太田はセンスが良い。
ちらりと店内を見回す。そんなに広くない店内には、ピアスの他にもネックレスやブレスレット、指輪なんかがところ狭しと並んでいる。
「太田は、いつもここで買い物するの?」
「そうだな。だいたいは、そう」
「あらー? 他の店で浮気してるの?」
けらけら笑う店長さんを睨みながら、太田はこれでも無い、こっちも違う……と何やら悩んでいる様子だ。
僕はそっと太田から離れて、指輪のコーナーを見た。値段は五百円からで売られていて、少ないお小遣いでもオシャレが楽しめて良いなぁ、と思った。
「ちょ、勝手にうろうろするなって!」
太田が僕の手を引っ張って、またピアスのコーナーに引き戻される。あ、今日は「デート」なんだった。勝手に離れるのは良くないよね。僕は素直に太田に従った。
「あ……」
僕の目に、赤い石のついたピアスが飛び込んできた。小さい石だけど、程よくその存在を主張している。前に太田がつけていた、青い石のピアスと対になるんじゃないかな、なんてことを思った。
「それ、気に入った?」
「あ……」
僕がじっと赤い石のピアスを見ていたのに気が付いた太田が、にゅっと僕に顔を近づける。ふわり、と良い匂いがした。太田、香水をつけているのかな。
僕は頷いて、ピアスを耳元に当てた。
「似合う、かな……?」
僕には派手かも、と思いながら太田に訊くと、彼は歯を見せて笑った。
「良いと思う!」
「本当?」
「ああ、絶対に似合う!」
そう言って、太田は僕の手からピアスを奪った。それから、まったく同じピアスを手に取って、レジの方に向かう。僕は慌ててその背中を追った。
「待って、それ、いくら?」
僕の言葉に、太田は笑う。
「俺からのプレゼント」
「そんな、悪いよ」
「良いから」
太田は僕の耳元で囁いた。
「デートの時、こういう場面では格好つけたいんだよ」
「っ……」
そう言われてしまえば、僕は何も出来なかった。スマートに会計を済ませる太田は、なんだかとても格好良く見えた。
***
「ずっと、いろいろと考えてたんだけど」
アクセサリー屋さんから少し離れたところにあるカフェで、僕たちはアイスティーを注文して外のテラスでそれを味わっていた。
僕はレモンティー、太田はストレートティー。ピアスを選びながらたくさん喋ったので、冷えた紅茶の温度が心地よかった。
僕はストローを咥えていたけど、太田が話し出したので、背筋を伸ばす。
太田は、テーブルに肘を軽くついたまま僕に言った。
「俺、母親について行くことにする」
「……そう、なんだ。じゃあ……転校するんだね」
「ああ、そうなる」
僕は、自分の心臓の音を耳の奥で聞いていた。ばくばく、ばくばく。怖いくらいに、鼓動が早くなっている。
太田は、僕をじっと見つめながら言った。
「もっと……今井と、したいこといっぱいある」
「……うん」
「勉強もだけど、もっとたくさんデートして、それでお互いのこと詳しく知って、さ……」
「うん」
「ゆっくり、友達以上になりたかった」
友達、以上……。
それって、親友ってこと?
それとも……デートをするような仲ってこと?
……きっと、後者だ。だって、太田の瞳がそう言っている。嫌じゃない。むしろ……嬉しいと思う自分がいる。ああ、僕も、もっと、もっと、太田に近付きたいと思っていたんだ。
「学校が違っても、ずっと仲良しでいられるよ」
「けど……」
太田の目が不安そうに揺らいだ。
「……今井、どこにも行かない?」
「え? どこにって?」
「誰かのものに、ならない?」
言いながら太田は、買ってくれたピアスをそっと僕に差し出してきた。
「これ……同じのを買ったのは、わけがあって……」
「わけ?」
「そう。これ、お揃いでつけられたら良いなって……」
太田は、照れたように頬を掻く。
「俺、勉強めっちゃ頑張るから! だからさ、大学……本当に、今井と同じところに行きたいんだ……! そしたら、毎日会えるし、いろんなところにも行けるし! 俺……」
「太田……」
僕はピアスを受け取って、空になった太田の手をそっと握った。
「分かった。僕もまだまだ勉強をしないといけない身だけど、約束する。同じ大学に行ってさ、このお揃いのピアスをつけて登校しようよ!」
「あ……ありがとう。今井、ありがとう!」
太田は、今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれた。
「好きだよ、今井……まさか、こんなに一緒に居て、居心地の良い人間に出会えるとは思ってなかった」
太田も、僕と同じように居心地の良さを感じてくれていたと知って、嬉しくなる。
僕は太田に比べたら小さな声で、彼に伝える。
「僕もね、好き。約束、絶対だよ」
僕たちは、テーブルの上で手を握り合う。少しだけ震えているのは、悲しいからじゃない。お互いに緊張しているからだと思った。
***
「今井!」
「あ、太田!」
大学の合格発表の日、ネットでも合否は確認出来るけど、僕たちは大学に出向いて掲示板で確認することを選んだ。
「太田、背が伸びたんじゃない?」
「今井こそ」
こうやって、肩を並べるのは何ヶ月ぶりだろう。長い長い、遠距離恋愛は、まだまだ成長期の僕たちに変化を与えていたようだ。
掲示板の前に立って、自分の番号を確認する。結果は……!
「あ……載ってる」
「俺も!」
「うわ!」
太田が僕に抱きついてきた。僕は彼の胸に顔をうずめる。
「受かったな、俺ら!」
「……うん!」
見つめ合って、どちらからともなく、くちびるを重ねた。触れるだけのキス。あたたかい。ファーストキスは、ここに来る前に飲んだ缶コーヒーの味がした。
「ああ、しまった!」
急に叫ぶ太田に、僕は首を傾げる。
「どうしたの?」
「初チューは、夜景を見ながらする予定だったのに!」
「ふふ……月が綺麗ですね、も聞いてない」
「それは、プロポーズの時に言うの!」
「……ふふ」
「……あはは!」
笑い合って、もう一度小さくキスをした。
コートのポケットには、約束のピアスが入っている。早く、これをつけて大学生活を送りたいな。大好きな人と一緒に——。
「さて、と……久しぶりにあの商店街に行ってみようかな!」
「寄り道して良いの?」
「今日は良いの! ほら、古着屋にまだ行ってないだろ? それから……」
デートだ。
今日くらいは、ご褒美に楽しんでも良いよね。
僕たちは手を繋いで歩き出す。
これからもずっと、こうやって体温を交わし合いたい。そう思った。
(了)
僕は折りたたみ傘をカバンに入れて、待ち合わせの駅に向かう。太田と休日に会うのは初めてだったので、少し緊張している。
「……あ」
駅の改札の近くに太田は居た。上下を黒色で統一したファッションで、スマートフォンをいじっている。スニーカーの赤いラインが目立っていて、格好良いと思った。
僕は、なんとなく、おそるおそる彼に近付いて遠慮がちに声を掛けた。
「お、おはよう。太田」
「ん? あ、おはよう今井……って、何、そのファッション!」
「え? 変かな……?」
僕は薄手の茶色いカーディガンを見る。中には白いシャツを着て、緑色のズボンを履いている……これらは全部、選んでもらったものだけど。
僕は不安気に自分の姿を駅の窓ガラスで見ようとしたけど、太田に両手を掴まれたことでそれは阻止されてしまった。
「可愛い!」
「……へ?」
「めっちゃ似合ってる! 今井、センス良いな!」
「いや……これは姉に選んでもらって……」
「え? お姉さん居るん!?」
「うん。大学三年生」
あんまり姉とは会話をしない。けど、初めての「デート」だから着るものに困った僕は、就活でかりかりしている姉に彼女の好物のプリンを差し入れて相談したのだ。
クラスメイトの男の子とデートするんだけど、どんな格好をすればいい——と。
すると、何故か姉は張り切って上から下までトータルコーディネートしてくれた。太田のことを紹介しろとも言われた。姉は高校生のような年下がタイプなのだろうか……弟は少し心配です。
経緯を太田に説明すると、彼はその場にうずくまってしまった。
「太田、体調悪い?」
「いや……今井って、ちょっと天然だよな」
太田は立ち上がり、僕に手を差し出す。
「ほら、デートなんだから手を繋ぐの!」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの!」
なんだか照れ臭い。
けど、断る前に太田は僕の手を取って歩き出した。この前の放課後の時みたいに震えていないその手の体温を感じて、僕はこっそり安心したのだった。
***
「これ、本当に五百円!?」
「そう書いてあるだろ」
「うわ……すごく格好良い」
僕たちは、前に太田が言っていた商店街のアクセサリー屋さんに来ている。店長さんは茶髪の女性で、太田とは付き合いが長いらしい。お互い、軽い口調で会話をしている。
「珍しいね。充君がお友達連れて来るなんて初めてじゃない?」
「うん。まぁ、そうっスね」
言いながら、太田はシルバーの小ぶりのピアスを手に取って、僕の耳元に当てた。
「これ、似合うと思う」
「そうかな……」
僕は備え付けてある鏡を見る。シンプルなデザインで、こういうの良いなって思った。太田はセンスが良い。
ちらりと店内を見回す。そんなに広くない店内には、ピアスの他にもネックレスやブレスレット、指輪なんかがところ狭しと並んでいる。
「太田は、いつもここで買い物するの?」
「そうだな。だいたいは、そう」
「あらー? 他の店で浮気してるの?」
けらけら笑う店長さんを睨みながら、太田はこれでも無い、こっちも違う……と何やら悩んでいる様子だ。
僕はそっと太田から離れて、指輪のコーナーを見た。値段は五百円からで売られていて、少ないお小遣いでもオシャレが楽しめて良いなぁ、と思った。
「ちょ、勝手にうろうろするなって!」
太田が僕の手を引っ張って、またピアスのコーナーに引き戻される。あ、今日は「デート」なんだった。勝手に離れるのは良くないよね。僕は素直に太田に従った。
「あ……」
僕の目に、赤い石のついたピアスが飛び込んできた。小さい石だけど、程よくその存在を主張している。前に太田がつけていた、青い石のピアスと対になるんじゃないかな、なんてことを思った。
「それ、気に入った?」
「あ……」
僕がじっと赤い石のピアスを見ていたのに気が付いた太田が、にゅっと僕に顔を近づける。ふわり、と良い匂いがした。太田、香水をつけているのかな。
僕は頷いて、ピアスを耳元に当てた。
「似合う、かな……?」
僕には派手かも、と思いながら太田に訊くと、彼は歯を見せて笑った。
「良いと思う!」
「本当?」
「ああ、絶対に似合う!」
そう言って、太田は僕の手からピアスを奪った。それから、まったく同じピアスを手に取って、レジの方に向かう。僕は慌ててその背中を追った。
「待って、それ、いくら?」
僕の言葉に、太田は笑う。
「俺からのプレゼント」
「そんな、悪いよ」
「良いから」
太田は僕の耳元で囁いた。
「デートの時、こういう場面では格好つけたいんだよ」
「っ……」
そう言われてしまえば、僕は何も出来なかった。スマートに会計を済ませる太田は、なんだかとても格好良く見えた。
***
「ずっと、いろいろと考えてたんだけど」
アクセサリー屋さんから少し離れたところにあるカフェで、僕たちはアイスティーを注文して外のテラスでそれを味わっていた。
僕はレモンティー、太田はストレートティー。ピアスを選びながらたくさん喋ったので、冷えた紅茶の温度が心地よかった。
僕はストローを咥えていたけど、太田が話し出したので、背筋を伸ばす。
太田は、テーブルに肘を軽くついたまま僕に言った。
「俺、母親について行くことにする」
「……そう、なんだ。じゃあ……転校するんだね」
「ああ、そうなる」
僕は、自分の心臓の音を耳の奥で聞いていた。ばくばく、ばくばく。怖いくらいに、鼓動が早くなっている。
太田は、僕をじっと見つめながら言った。
「もっと……今井と、したいこといっぱいある」
「……うん」
「勉強もだけど、もっとたくさんデートして、それでお互いのこと詳しく知って、さ……」
「うん」
「ゆっくり、友達以上になりたかった」
友達、以上……。
それって、親友ってこと?
それとも……デートをするような仲ってこと?
……きっと、後者だ。だって、太田の瞳がそう言っている。嫌じゃない。むしろ……嬉しいと思う自分がいる。ああ、僕も、もっと、もっと、太田に近付きたいと思っていたんだ。
「学校が違っても、ずっと仲良しでいられるよ」
「けど……」
太田の目が不安そうに揺らいだ。
「……今井、どこにも行かない?」
「え? どこにって?」
「誰かのものに、ならない?」
言いながら太田は、買ってくれたピアスをそっと僕に差し出してきた。
「これ……同じのを買ったのは、わけがあって……」
「わけ?」
「そう。これ、お揃いでつけられたら良いなって……」
太田は、照れたように頬を掻く。
「俺、勉強めっちゃ頑張るから! だからさ、大学……本当に、今井と同じところに行きたいんだ……! そしたら、毎日会えるし、いろんなところにも行けるし! 俺……」
「太田……」
僕はピアスを受け取って、空になった太田の手をそっと握った。
「分かった。僕もまだまだ勉強をしないといけない身だけど、約束する。同じ大学に行ってさ、このお揃いのピアスをつけて登校しようよ!」
「あ……ありがとう。今井、ありがとう!」
太田は、今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれた。
「好きだよ、今井……まさか、こんなに一緒に居て、居心地の良い人間に出会えるとは思ってなかった」
太田も、僕と同じように居心地の良さを感じてくれていたと知って、嬉しくなる。
僕は太田に比べたら小さな声で、彼に伝える。
「僕もね、好き。約束、絶対だよ」
僕たちは、テーブルの上で手を握り合う。少しだけ震えているのは、悲しいからじゃない。お互いに緊張しているからだと思った。
***
「今井!」
「あ、太田!」
大学の合格発表の日、ネットでも合否は確認出来るけど、僕たちは大学に出向いて掲示板で確認することを選んだ。
「太田、背が伸びたんじゃない?」
「今井こそ」
こうやって、肩を並べるのは何ヶ月ぶりだろう。長い長い、遠距離恋愛は、まだまだ成長期の僕たちに変化を与えていたようだ。
掲示板の前に立って、自分の番号を確認する。結果は……!
「あ……載ってる」
「俺も!」
「うわ!」
太田が僕に抱きついてきた。僕は彼の胸に顔をうずめる。
「受かったな、俺ら!」
「……うん!」
見つめ合って、どちらからともなく、くちびるを重ねた。触れるだけのキス。あたたかい。ファーストキスは、ここに来る前に飲んだ缶コーヒーの味がした。
「ああ、しまった!」
急に叫ぶ太田に、僕は首を傾げる。
「どうしたの?」
「初チューは、夜景を見ながらする予定だったのに!」
「ふふ……月が綺麗ですね、も聞いてない」
「それは、プロポーズの時に言うの!」
「……ふふ」
「……あはは!」
笑い合って、もう一度小さくキスをした。
コートのポケットには、約束のピアスが入っている。早く、これをつけて大学生活を送りたいな。大好きな人と一緒に——。
「さて、と……久しぶりにあの商店街に行ってみようかな!」
「寄り道して良いの?」
「今日は良いの! ほら、古着屋にまだ行ってないだろ? それから……」
デートだ。
今日くらいは、ご褒美に楽しんでも良いよね。
僕たちは手を繋いで歩き出す。
これからもずっと、こうやって体温を交わし合いたい。そう思った。
(了)