月曜日、僕はいつものようにピアスをつけて登校した。
 土曜日と日曜日の間中、ずっと考えた結果、別に太田のために、こそこそする必要は無いと結論が出たのだ。
 そもそも、そんなに仲が良いわけでも無いのに、ピアスくらいで絡んでくるとは思えない。だから、僕がオシャレを我慢する必要は無い!
 そう強気になって登校した僕は、教室の自分の席にどっしりと腰掛けた。
「今井君、おはようー」
 一個前の席の田辺が僕に笑いかけてきた。僕も笑顔で彼に「おはよう」と返す。
「宿題やった?」
「なんのやつ?」
「数学」
「やったよ」
「答え合わせやろうー?」
「良いよ」
 田辺はのんびりした性格だ。優しいし、付き合いやすい良い奴。なので、すぐに友達になることが出来た。
 それに比べて太田は……。
「ごめん、マジで一限の数学助けて!」
「太田、いつも一限の宿題やってこないよなぁ。不良!」
「はぁ? 俺は超真面目君だし!」
 宿題くらいやってこいよ。
 僕は心の中で呆れながら、引き出しから数学のノートを取り出した。
「えっと、答えは……」
 宿題の答え合わせは順調に進み、僕と田辺の答えは完全に一致した。これなら、授業中に当てられても安心だ。
「良かったー。あーあ、数学苦手だから、早く大学に行きたいなぁ」
「ふふ。じゃあ、田辺は文系のとこを受けるんだ?」
「うんー。数学の試験が無いとこ……だと、私立になっちゃうなぁ。経済的には国立なんかの方が助かるけど……うーん」
「まぁ、まだ高二の春だし。これから数学が得意になるかもしれないよ?」
「そうかなぁー」
 そんな会話をしていると、予鈴が鳴った。僕たちはおしゃべりを止めて、気持ちを朝のホームルームへと切り替える。
「でさー、隣町の古着屋が……」
 僕はちらりと太田の方を見た。彼は楽しそうに、仲間とおしゃべりを続けている。
 ——あれ?
 僕は、太田の耳にきらりと光るものを見た。
 あれは……?
「はい、ホームルームを始めます!」
 教壇からの担任の声に、僕はびくりとした。急いで視線を前に戻して、どきどきうるさい心臓を落ち着かせる。
 ——太田も、ピアスしてるんだ……。
 一瞬しか見えなかったけれど、彼の耳元で光っていたのは、絶対にピアスだ。高いのか安いのか分からないけど、青い石のついたやつ。青空みたいな色をしたそれは、とても綺麗だと思った。
 ——僕には、似合わないだろうけど。
 そう思いながら、僕は自分の耳を軽く触った。お気に入りの、シルバーのピアス。それがしっかりついている。体育の授業の時と、試験の時以外は、いつも一緒の小さなオシャレ。
 ピアスを開けたのは、中学を卒業してすぐのことだった。
 前からオシャレに憧れていたとか、高校デビューをしようとか、そういった理由は特に無かった。なんとなく、ショッピングセンターに立ち寄った時に、ピアスのコーナーがあって、その中のひとつを見た時に「あ、これをつけてみたいな」と思ったのがきっかけだ。
 穴を開けたり、ファーストピアスの作法だったり、めちゃくちゃ面倒なことを乗り越えて、僕はやっと、一目惚れした今のピアスをつけることが出来るようになったのだ。
 僕が通う高校の校則は、そんなに堅苦しく無い。だから、ピアスくらいで、どうこう言われたりはしないだろう。けど、僕は少し前の英語の小テストの結果が、あまり良くなかったので「オシャレにかまけて勉強をサボったな」って思われたら大変だ。次のテストまでピアス没収なんて事態は避けたい。
 なので、僕は髪で隠してオシャレを楽しんでいるのだ。
「それじゃ、ホームルームを終わります!」
 ホームルームの内容は、まぁ、たいしたことじゃなかった。いつもと違うことといえば、進路希望調査のプリントが配られたくらい。三者面談とか進路相談とかあるのかな。嫌だなぁ……自分の進みたい道を誰かに真剣になって話すのって、なんだか恥ずかしい。
 僕はクリアファイルにそのプリントを入れながら、あと十分くらいで始まる数学の授業のことをぼんやり考えた。実は、田辺以上に僕は数学が苦手だ。面談で、そのことを突っ込まれると思うと胃が痛い。今年は、成績を上げないとな……。
 はぁ、と息を吐いたその時、後ろから肩をぽんと叩かれた。僕は軽く振り向いて、目を見開いた。そこに僕の肩を叩いたのは——太田だった。
「な、何ですか?」
「えっ、なんで敬語?」
 咄嗟に口から出た僕の言葉に、太田はけらけら笑う。そんな彼を見ながら、僕は背中に汗をかいた。こいつ、僕のピアスのことを、今ここで言うつもりじゃ……!
「す、数学でしょ?」
 僕は一刻も早く、太田に退席してもらおうと、自分の数学のノートを太田に差し出した。
「良いよ! 写しても!」
「いや、違うし」
 太田は、わざとらしく咳払いをしてから僕に言った。
「放課後、空いてる? 話、あるんだけど」
「え……」
 話って、なんの?
 もしかして、ピアスのことで脅されるんじゃ……?
 逃げたい。けど、断ったら、今、ここでピアスのことをバラされそうだし……。
「……空いてる」
 小さな声でそう言った僕の肩を、今度は強く太田が叩く。
「それじゃ、一緒に駅前のファストフードな!」
「あ……」
「忘れるなよ!」
 そう言いながら、僕の肩を二回叩いて、太田は自分の席に戻って行った。僕は頭を抱える。放課後のことを考えると、ますます胃が痛くなった。
「今井君って、太田君と仲良かったんだね」
 首を傾げる田辺に、僕は肯定も否定も出来ず、ただ曖昧に笑うことしか出来なかった。