月曜日。今日から救済の活動が始まる。
放課後になって指定された空き教室で待っているけど、今は何もしていない。校長から何か案がでるのかは金谷先生が伝えてくれる手筈になっているから、肝心の先生が来ないことにはどうしようもない。
それまで俺たちは自分のことをして待つことに決めた。俺と瀬戸さんは早速出された宿題をこなし、本田先輩は反省文を書いている。億劫になるものだけど、やることがまったくないよりはマシである。
金谷先生は俺たちが集まって30分ほどで来た。
「みんなお待たせ。それで活動のことなんだけど、結局何も案が出ませんでした」
観念して悪事を自白するようなテンションで告げられた。
でも予想はしていたからあんまり驚きもせず受け入れていた。
「なので、活動内容を決めることから始めますね。あ、それと私はこの活動を監督することになったので、改めてよろしくねみんな」
部活ではないけど、先生が誰もつかないわけにはいかないか。先生ならしっかりしているから安心できる。
「では、何か思いついたらどんどん言ってください」
「はい」
真っ先に本田先輩が手を挙げた
「はい、本田さん」
「町のボランティア活動」
無難な意見だけど、まったくの0から咄嗟に意見が出るのはすごいなと思った。
「あー……実は生徒会が既にやってるのよね」
「えー」
がっくしとテロップが着きそうな勢いで机に項垂れた。
「はい」
「はい、瀬戸さん」
「案というより、既に行っていることやいい成績を残した活動を教えてもらえますか?それがわからないと案の出しようがありません」
「わかりました」
金谷先生は持ってた紙を見ながら瀬戸さんの質問に答えた。
けどその量が予想を大幅に上回り、もはや俺たちができることは残されてないんじゃないかってくらい出て来た。金谷先生の口が動くたびに俺のモチベーションは下がり、瀬戸さんと本田先輩の顔からは表情が消えていた。
「どうしろってんだ……」
「こんなに好成績残してたんだねうち」
「むしろ私達のやることないんじゃないですかね」
座っている俺たちはお通夜モードに突入してしまった。まさかの量にびっくりしつつ絶望が俺を支配した。
何も意見が出ないまま一時間くらい経過したとき、金谷先生の提案でいったん休憩することになった。金谷先生は一旦職員室に戻るために教室を後にした。
「全然決まらないよ~」
「正直予想外でした。同時に自分がいかに通っている学校のことを知らないんだって実感しました」
「けど、このままじゃ何もできずに終わっちゃう」
必死に頭を回転させるが、先生が置いていったメモが視界に入ると絶望しか残らなくなる。
10分ほどで先生が戻ってきて会議を再開させたけど、下校時刻になるまで案はひとつも出なかった。
「今日はここまでだね。また明日じっくり考えましょう」
一歩も進むことなく最初の活動日は終わってしまった。
誰も口を開けずに校門へ向かって歩いていた。
「あ、ねえねえ。せっかくだからちょっと遊んでいこう。結成記念の懇親会だよ」
本田先輩が元の明るさを取り戻して提案してきた。
そういえば俺は瀬戸さんのことも本田先輩のこともほぼわからない。いい機会かもしれないな。
「いいですよ」
「私も大丈夫です」
「やったー。じゃあ早速行こう。いいところ知ってるんだ」
俺と瀬戸さんの背中を押して学校を出た。
やってきたのはカラオケだった。けどクラスメイトと来たチェーン店じゃなく地方に一箇所あるほぼ個人経営に近いお店だ。だから機種は古いけどかなり安く使えた。
「トップバッターは私だー」
大声で宣言して歌い出したのはまさかのゆったりとしたバラード。あのテンションならロックやアップテンポだと思っていたのにとんでもない変化球を入れてきたな。
でも同時に驚いた。この曲は俺が好きな、あまり知られていないゲーム『崩壊都市と月の夜の散歩』のオープニングで中学の時は配信されてなかった。まさか歌えるようになっていたとは
「いえーい」
バラードを歌った後とは思えない元気なVサインを向けた。
「先輩『崩壊都市』知ってたんですね」
「え、明石君も知ってるの!?」
俺がゲームの名前を出すとものすごい食いついてきた。が、気持ちはわかる。このゲームは埋もれてしまっているのがもったいないくらい、いいゲームなんだ。
「はい。妹が好きで、そのプレイを見てた俺もハマったんです」
「あ、妹さん。へえ、いいセンスしてる!」
「先輩、それはどんなゲームですか?」
「お、瀬戸ちゃん気になる?」
「お二人が盛り上がっていれば少しは気になります」
「明石君、瀬戸ちゃんを沼らせるよ」
「はい」
簡単に言うと疫病で文明が滅びた世界で数少ない生き残りの少年が、たまたま生きてた無線で会話した女の子を探すという話だ。その道中で出会う浮遊霊やアンドロイドとの一期一会のやり取りが切なく、儚くてたまらない。
「廃墟を探索するゲームですか……今度調べてみよう」
最後ボソッと喋ったつもりだったんだろうけど、俺にははっきり聞こえた。それは先輩も同じだったようで
「やったらたくさん語り合おうね」
と、詰め寄っていた。
「……考えておきます」
ほら、萎縮しちゃってますよ。でも、好きなものを他の人が興味持ってもらえるのは嬉しい。調べてくれたらありがたいな。
「では私ですね」
瀬戸さんもバラードだった。ただ全部が全部バラードではなくアップテンポなところもある抑揚が激しい曲を歌った。
「うまいね。これなんの曲?」
「三崎栞さんの『追い風に乗って』って小説が原作のアニメの第二クールのエンディングよ。駅伝の話」
「え、あれアニメ化してたの!?」
「ええ。二年前にね」
長らく映像化されていないからずっとそうだの思っていたらいつの間に。
「小説かー」
「先輩は本読まないんですか?」
「本はあまり読まないかな〜。でも有名だから昔読んだことあるよ」
「ならアニメもおすすめします。アニメではオリジナル要素があるのですが、珍しくよかったので」
「おお、じゃあ要チェックだね」
「次は俺ですね」
俺は最近のアニソンを歌った。けど可もなく不可もなくみたいな反応をされ俺だけ起伏がなかった。解せぬ。
それからカラオケで2時間歌った後、ご飯を食べにファミレスに寄った。
「そういえば明石君って交換交流立候補したんだよね?どうして立候補したの?」
「え、立候補なの」
先輩の質問に飲んでたコーラを気管に入れてしまいむせた。交換交流を立候補したことはまだ誰にも話していない。どこで情報を手に入れたんだ?
でも、別に隠すことでもないから一から話した。
「思ったより重かった……」
「病気の妹のために将来を諦める。なんていいお兄ちゃんなんだ」
「でも行動力がすごい。好条件が重なったからって見ず知らずの土地に住むのってなかなか決断できない」
まあ言われてみれば反射的に立候補したのかもしれない。でも後悔はしていない。
「ところで妹さんとの約束ってどんなこと約束したの?」
「先輩、さすがに踏み込み過ぎでは?」
「別にいいよ。妹が手術を待っている間に励ますために言ったんですけど」
毎日涙を浮かべながら苦しそうにするのを見て、手術前に精神が持たないんじゃないかって怖い想像をしてしまった。何か乗り切れるような目標を持たせようと考えた。けどすぐには思いつかなかったけど、旅行前の会話をふと思い出し、これも反射的に星奈へ訴えていた。
『星奈、俺が預けられてたおじいちゃん家の夜景がきれいな場所行きたいって言ってたよな。行こう。俺が連れてくから。だから乗り越えよう』
と、看護師さんが止めに入るまで言い続けていたらしい。俺も無我夢中だったからその時の記憶はないが、星奈に初めて笑顔が戻って頷いたと母さんから聞いている。
「で、昔住んでたところがこの近くにあるんですよ」
「どこ、どこ?」
「前原集落です。確か二つ隣の駅からバスが出てるはずです」
「「……え?」」
「え?」
二人の顔がそれまでの興味深々といった笑顔から戸惑ったものに変わった。
「どうかしましたか?」
「そこ、一昨年ダムが完成してもうないよ」
「……え?」
先輩の言葉が一瞬理解できなかった。
「ダムが……できた?」
「うん。私のおばあちゃんも、実は前原集落に住んでたんだけど8年前にダムの建設が正式に決まったからこの町に降りて来て今も一緒に住んでるよ」
「……そんな」
頭が理解するのを拒否してしまう。星奈との約束が守れない。そんなはずはないと思いたい。
すぐにスマホを出して前原集落と検索を掛ける。
しかしネットの無料辞典には無情にも
『前原集落はかつて××に存在した……』
と書かれていた。
「知らないのも無理ないよ。ニュースにもあんまりならなかったから」
「全国ニュースには一応なってたけど、あくまでも30年越しの計画がスタートっていう話題性だけでそれ以降は注目されなかったし……」
瀬戸さんの話はそれ以降俺の耳には入ってこなかった。
結局ご飯を食べ終わったらそのままお開きになってしまった。楽しい空気を台無しにして申し訳ない気持ちはあったが、星奈との約束が守れないということが重くのしかかり、何も手を付けられなかった。
次の日の俺はクラスメイトに心配されるほど上の空で過ごしていた。
星奈になんて言おうか?でも約束を守れないことに変わりはない。嫌われるかもしれないという恐怖。とにかくマイナスなことばかりが頭によぎりほとんど眠ることができなかった。
あっという間に放課後になるけど、会議に参加できそうになかった。昨日帰る前になんとか交換した先輩の連絡先に早退のメッセージを送り学校を後にした。
家に帰るでもなく、かといって星奈の病院には行きづらくて反対方向に歩いていた。そのうちに来たことのないエリアに来て新鮮な感じはしたけど、結局心はすぐ元に戻ってしまう。
道中見つけた公園でスマホを開いて『前原集落』と検索する。画面は昨日と同じものを出している。
「そういえば、まだそのダムを見ていないな」
最後の悪あがきでそのダムを見に行こうと決めた。ここまで証拠が出そろっているんだから時間の無駄になるのはわかっているけど、どうしても見ておかなければ現実を受け止められそうにない。前へ進むために俺はダムへ行くため駅へ向かった。
駅に着いてすぐ電車がやって来た。現実を見ろと神様の思し召しを受けるためにスムーズになっているんじゃないかと疑ってしまう。
そして電車を降りるとバスもいた。行き先は『前原発電所』。側面のLEDを見てみると『前原ダムサイド』と書いてあった。だんだん追い詰められている感覚がしてきた。
バスの中には俺を除いて15人くらい乗っていた。路線図を見てみると、病院や学校など市街地を通ってからダムへ向かうようだ。10年前はこんなんだったかは覚えてないが、前原集落までいける路線バスがダム完成後も残っていたのはよかった。
バスの出発直前に見知った人物が乗って来た。
「明石君!」
なんと本田先輩、瀬戸さん、金谷先生だ。
「みんな、どうして?」
「連絡もらって、もしかしたら前原ダムに行くかもしれないって思って」
「心配したぞ」
「……ごめんなさい」
相当心配させちゃっとみたいだ。申し訳ない。
「事情は聞いたわ。ひとまず座ろう、もう発車するから」
先生たちも俺と同じ一番後ろに座った。その瞬間ドアが閉まりバスは発車した。
「そういえば、結構時間あったのに調べなかったの?」
隣に座った瀬戸さんからもっともな質問が来た。
「活動が決まった日の次の日に星奈に会いに行ったんだけど、その時約束の話を少ししてな。で、次の日からさらにやる気を出したんだけど、頑張りすぎたらしくて転倒したって連絡を受けたんだよ。それがあって引っ越しの整理が遅れたんだ」
「なるほどね」
「土日も土日で持ってくるはずのものを忘れてそれを買いに行ったりしてたからな」
「……ちゃんと準備はしておきなさいよ」
「返す言葉もありません」
ま、一番の理由はそこに前原集落があるという固定概念だな。
「要するに、いろいろゴタゴタしてたってことね」
「言い訳にはなっちまうがな」
その言葉を最後に無言になった。
バスは15分ほど市街地を走ったあと山の中へ入って行った。曲がり道や向こう側にみえる山の景色に見覚えがあった。だんだんと記憶にある景色が見えてきて、帰って来たような感覚になる。
けど、帰った先は水の底に消えていた。
バスを降りた目の前には細長い形の湖とその両岸から角度の急で見覚えのある山があった。
水のあるところは確かに前原集落がある場所だと、直感で分かった。
「本当になくなっちゃったんだ」
これで俺の希望は消え去り、俺の思い出も水の底へと沈んでしまったと認めざるを得なかった。
ただ、唯一の救いは夜景の見える秘密のポイントは水に沈んでいなかったことだ。立ち入り禁止区域にはなってはいるが、それだけは本当に良かった。
40分後に来る町へ戻るバスに乗って山を下りた。
「せっかくだからモールに行かない。明石君の気分転換にどうかな?お姉さん奢るよ」
反対する理由はなかった。みんなが来てくれたおかげで少し楽にはなったけど、まだ楽しい気持ちにはなれていないのは事実だ。
「俺は行きたいです」
「私も問題ないです」
「先生、いいですか?」
「はい。落ち込んでては何においてもマイナスですから、気分転換は大事です」
満場一致で目の前のショッピングモールに行くことになった。
かなり大きい建物だった。入口の広場の時点で地元を凌駕している。よく調べて外出できるようになったらここに連れてこよう。
「このモールおすすめって言ったら『怪人ミルクレープ』よね」
すごく飲食店らしからぬ名前が出て来たぞ。
「先輩、さすがです!ここは唯一のお気に入りです」
瀬戸さんがグッジョブと効果音が着きそうな勢いで親指を立てた。よほど名前とは裏腹に相当おいしい店なのか?
「ではまず腹ごしらえだー」
先輩の号令でフードコートへ向かうことになった。
けどその道中ある広場で何かをやっていた。それだけなら別に気に留めないけど、その中に学生のグループが何組かいたのがなぜか気になった。
「先輩、少しあそこ見てもいいですか?」
「へ?ああ、イベントスペース?」
「はい」
「いいよ。結構楽しいことやってるから見てみよう」
許しが出たので行ってみることにした。
上の看板を見てみるとこの街と周辺の町の人が作った鉄道模型を展示する小さなイベントみたいだ。
「鉄道模型か」
存在自体は当然知っていたし、三崎の友達に持っている人がいた。だけどここに展示されているのはすごく作り込まれた本物のような世界が広がる模型たちだった。
「見てもいいですか?」
「もちろんいいよ」
少し回ってみると面白いものがあった。タイトルは『渋谷ダンジョン』。モデルは渋谷駅の東神電鉄と地下鉄なんだけど、なぜかモンスターが徘徊し、人が逃げまどっている。モンスターは怪物狩りのゲームに出てくるものをアレンジしたものだと書いてある。
他にも田舎だったり都会だったり漁師町だったり、本当にすごい作品ばかりだった。
そしてもうすぐ終わりだというところに差し掛かった時、学生の作品のところで俺は目を奪われた。
作品のタイトルは『切ない一期一会』モデルはなんと『崩壊都市と月の夜の散歩』の世界だった。
他の作品とは違い一つの板で完結していて少し大きい作品だ。ちなみに他の作品は別の作品とくっつけてようやく走らせられる構図になっているが、これは1枚で一つ完結した作品というものになっている。そして線路が一周する間にゲームでスタートとなる舞台の時計塔が目玉の公園があり、次に廃墟と化したビル街、主人公の行く手を阻むキャラと激闘した水族館跡地など正確に再現されていた。
「すごい」
「え、これって『崩壊都市』!」
先輩も気づいたようで食い入るように見ている。
「見て明石君。ここにセピア君がいるよ!」
先輩に言われ、人を模した小さなものをよく見ると確かに主人公のセピア君がいた。手作りで虫眼鏡とかでズームしたら流石に崩れてはいると思うけど、パッと見セピア君とわかるくらい完成度が高かった。
「え、これ前に二人が言ってたゲームの世界を再現してるの」
「え……そうなの?」
つられて瀬戸さん、金谷先生も夢中になって見始めた。
「どうです」
「え、あ、はい」
急に声をかけられてびっくりした。
「いやーすごいですね。私崩壊都市大好きで、まるでゲームから出てきたみたいですね」
先輩の周りにキラキラした何かが見える気がする。そう思いつつ俺も心臓の鼓動が早くなっていた。
「ありがとうございます。僕も崩壊都市が好きなんです。ここを見てください。第5ステージの廃線跡の鉄橋です」
「あ、ここであの巨大トラが出てくる初見殺しだね」
「ここは実際にある廃線跡がモデルになったみたいで、実際にそこへ行って調べて来て再現しました。この錆には基本はスプレーを使うのですが、亀裂などは絵具を使っています」
さらに俺たちは作品のこだわりや、失敗したところとかを聞いた。本当に細部にわたってゲームの世界を再現し、よく見ると登場人物がほぼ全員どこかにいて、この作品では列車を見守る形になっていた。逆に失敗では、建物を廃墟にするためにわざと壊すのだけど、真っ二つにしてしまったり、塗装が思うようにいかずにやりすぎてしまい、ここに置いてあるのは5回目でようやく出来上がったものだと教えてくれた。
ちなみに著作権は学校が『崩壊都市』の会社に許可を取ってくれたらしい。
「それに、このゲームは亡くなった祖父との思い出なんです」
「思い出ですか?」
「はい。僕は一時期両親が忙しくていつも夜遅くに帰ってたんです。末っ子で兄弟も年が離れてて部活とかで忙しいから僕一人になってしまわないよう祖父の家にいました。そこで一人寂しくないようにと祖父が買ってきてくれたのが『崩壊都市』なんです。もっとも、祖父はこれが二人でできるものだと思ってたみたいで、一人用だと知った時にはショックを受けてました」
パッケージは確かにあたかも主人公のセピア君とヒロインのメアリーが二人で旅をしているように見える。勘違いする人がいてもおかしくはない。
「でも、せっかく祖父が買ってきてくれたので僕は喜んでやりました。僕がプレイするのを祖父が見ていてたまにキャラの言葉を使ってためになることを言ってくれる。そんな時間が大好きでした。結局一年で両親の仕事も落ち着いて、祖父の家に行くのは減りました。そして一昨年亡くなりました。そんな祖父との思い出をどうしても形にしてみたくて。部活の仲間に無理を言ってこれをモチーフにさせてもらったんです。でも、みんな『崩壊都市』を気に入ってくれて、模型作りもやる気になってくれたんです。そのおかげで去年の全国鉄道模型甲子園という大会で特別審査員賞のファンタジー部門に入賞することができたんです」
「すごいですね」
その想いが賞を獲るのにつながったと思うと、感動を覚える。
その時ふと思いついた。
「これだ」
「え?」
今俺はあるビジョンが思い浮かんだ。これならば俺の目的も全体の目的も達成できるというモノが。
「すみません、これを大会に出したって言ってましたよね?」
「はい。毎年夏に全国鉄道模型甲子園という公式大会があります」
「全国鉄道模型甲子園ですね。ありがとうございます」
俺はみんなをイベントスペースの外へ連れ出した。
「みんな、活動内容は鉄道模型を作って大会に出そうにしようと思う」
「……理由を聞かせてもらえる?」
「鉄道模型には公式な大会がある。そしてその大会には数々の賞があってそれを受賞できれば結果を出せたということになると思う」
「そうだよ。大会があるなら結果残せるじゃん!」
「簡単ではないけど、悪くないわね」
「それに鉄道模型なら、俺も星奈との約束を完全じゃないけど守ることができると思う」
「どういうこと?」
「前原集落の模型を作ればあの景色を再現できる。縮尺で作り物ではあるけど、夜景を見せるという約束も一応果たせるかなって」
正直これは俺のワガママも含んでいる。恐る恐る三人の様子を窺うように顔を見た。
「いいじゃん。私達の活動ができて明石君の星奈ちゃんとの約束も守れる。一石二鳥だよ。それに私も前原集落に思い出あるから作りたい!」
「なるほど、そういうことね。……でも、悪くないと思うわ。その話、乗るわ」
よかった。瀬戸さんの含みのある笑顔が不気味だけど、悪くは捉えられていないみたいで安心だ」
「先生、うちの学校は鉄道模型で何か成績残してますか?」
「いいえ。そもそも大会に参加すらしてないわ」
「では先生、鉄道模型を活動内容として申請したいと思います」
「わかったわ。早速校長先生に掛け合ってみるね」
金谷先生はスマホを取り出し校長先生に連絡を取ると学校へ戻ることになった。時計を見ると下校時刻を過ぎていたからそのまま解散となって俺たちはようやく先輩イチ推しのクレープを食べることができた。
昨日の結果はすぐに分かった。
「みんな、鉄道模型制作が活動として認められたわ。校長先生も褒めてたよ」
この言葉に俺はガッツポーズを取った。他の2人もやることが決まった安心からか抱きあっている。これで活動内容が決まった。
「で、もう一つ報告があってね。なんとこの活動が部活に昇格することになりました」
「ええ!?」
校長先生がせっかく公式の大会に出るのだから部活として動いた方がいろいろ都合がいいと、本来5人以上の部員が必要なルールのところ、例外的に部活として認めてくれたという。
今までは名前のない活動なったけど、部活になるとなんか引き締まる思いだ。
「それでね、なんと部室が用意されました」
「部室ですか!?」
「そうよ。模型作りに役立つと思うわ。というわけで移動するわよ」
急なことに慌てて荷物を持って先生の後について行った。
移動先は普通の教室ではなく、視聴覚室や理科室といった専用設備のある部屋が集まる特別教室棟。その一階の一番奥の部屋だった。
「ここって去年度で廃部になった工作部の部室ですか?」
「そうよ」
「おお、模型作りにピッタリの場所ですな~」
工作部という名前通り、いろんな工具が置いてある。模型作りにも使えそうなやすりやはんだごてとかは買わずに済むのは助かる。
「では早速始めていきたいんだけど、その前に一つ決めて欲しいことがあって」
「何でしょう?」
「部活なので部長を決めて欲しいの」
確かにいないと困るな。
「では俺がやります」
「明石君。ありがとう」
言い出しっぺというのもあるけど、二人の賛同があったとはいえ前原集落を作るというワガママを聞いてもらったからには責任持って引っ張ってかないと。
「明石君にお願いしても大丈夫かな?」
「やる気があるようですし、構いません」
「本当は私たちが明石君よりもやる気なきゃなのにね」
「では明石君に決定!」
少ない人数の拍手が起こったから俺もお辞儀する。
「じゃあ早速だけど、どんな模型にするか話し合いたいと思います」
「決まっているのは、前原集落を作るということだけで合ってるよね?」
「はい」
「ちょっと待って」
「どうした?」
「その前にまず大会について何も知らないわよ。ルールとか分からなかったら作る以前の問題だと思う」
瀬戸さんの指摘はもっともだ。
思えば鉄道模型甲子園について俺たちは名前しか知らない。作ったはいいものの規格がルールに適していなくて失格とかになったら目も当てられない。
すぐにネットで検索すると去年だけど大会の要項と日程が出てきた。今年はまだ告知されていないようだ。
ざっくり言うと、鉄道模型甲子園は毎年夏、大体は8月上旬の土日に開かれる予定で、全国の鉄道模型を作る人たちの作品が集う大会になっている。
参加する人たちは、中学生、高校生、大学・専門学校、社会人に分けられ、それぞれで優良賞、優秀賞、最優秀賞が与えられる。そして各最優秀賞の中から優勝に値する”総合最優秀賞”、二位にあたる”総合優秀賞”、三位の”総合優良賞”が与えられる。総合四位は名称こそないが入賞であることに変わりない。このほかにも特別審査員賞というものがあり、一番いいのは文部科学大臣賞で、他にはこの前見た『崩壊都市』の作品が受賞したファンタジー賞(架空の世界観をモデルにしたものを対象)というユニークな賞が合計5つある。
他にも賞はあるにはあるが、成果と言えるものとなると今言った賞を取るのが目標になると思う。
そして肝心の寸法だが、2種類あるみたいで一つはモジュールと言われる部門。これは線路が大きな楕円を描いて、それを16ブロックにわけ、振り分けられた部分をそれぞれ作るというもの。最終的にはその一つの円となったレールの上を本番当日は模型の車両が走る。大きさはそれぞれ直線ボードで30㎝×90㎝、角っこの曲線ボードで60㎝×60㎝。もう一つは一畳レイアウト部門。一枚の板の上だけで完結させるタイプで大きさは600㎜×900㎜から910㎜×1820㎜まで選べる。これは土曜日見た『崩壊都市』の作品がそうなる。あともう一つHOゲージという企画の車両を作る部門があるみたいだけど、今回俺らはレイアウト作りだから関係ない。
「これだと、モジュール部門は難しいな」
「線路を自由に敷けないのは痛いわね」
「そもそも前原集落は鉄道通ってないからね〜」
「え、そうなんですか」
「そうだよ。集落ができた時から一回も通ってないよ」
「全部バスでしたからね」
一回おじいちゃんに聞いた覚えがある。前原集落は意外と大きいけど、鉄道を敷くまでのメリットはないと言っていたような気がした。林業が主な産業だったはずだからどちらかと言うと人はバスや自家用車、荷物はトラックが主流だった気がする。
「てことは、線路は空想で敷くことになるのね?」
「ああ」
だからこそ、既に線路が敷くところが決まっているモジュール部門は避けたい。
しかしいきなり一畳レイアウト部門のみ出展というのもなかなかきついものがありそうだ。大体はモジュール部門のみで、一畳レイアウト部門のみというのは過去を遡ってもほぼいない。この前の『崩壊都市』の学校もモジュール部門を出していた。
「ひとまず一畳レイアウト部門で決めるのはどうかな?前原集落を作るのには一畳レイアウト部門で出すのがいいと思ったのなら、それを信じてやるっていうのはどうかな?」
俺が悩んでいたのがわかったのかアドバイスをくれた。
「一畳レイアウト部門での出展にしたいと思うけど、いいかな?」
「OK」
「いざとなったら変えればいいわ」
「ありがとう」
ひとまずは一畳レイアウト部門で出展することに決定した。
「じゃあ次は……」
「待って」
瀬戸さんが再び待ったをかけた
「今度は何?」
「そもそもの話、私たちは鉄道模型を全く知らない。例えば昨日の『崩壊都市』の模型。山のあの形をどう作ってるの?どんな順番で作るのが理想なのか?知らないととんでもないものが出来上がってしまうよ」
「……ごもっともだ」
またしても瀬戸にぐうの音もでない指摘をされた。
目標が見つかって視野が狭くなっているのかもしれない。部長に立候補したのになんてざまだ。
「鉄道模型の動画結構あるよ」
先輩がサイトから鉄道模型を作っている動画を検索して見せてくれた。
「ありがとうございます」
さっとスライドしてみるといろんなものが出てきて面白そうではある。けど同時にマニアックな内容そうなサムネが多く、これじゃあ見てもチンプンカンプンになるのは目に見えた。検索エンジンに『初心者』を追加し再度調べ直す。
「動画もいいですけど、まずは実物を見に行きませんか?」
「実物?でもあれって昨日までじゃなかったっけ?」
確かに昨日までと幕に書かれていたのを思い出した。
「あのイベントは昨日までです。けど、鉄道模型を年中展示しているところはあります。例えばここです」
瀬戸さんもスマホを見せた。画面に出ていたのは『JAMJAM』という鉄道模型の専門店。一番近い店は昨日行ったモールのすぐそばにあるみたいだ。
「ここには走行用のレイアウトが置いてあるみたいです」
画面をスクロールさせ、一番下にレンタルレイアウトという項目が出てきた。お店のレイアウトでお客さんの持ち込んだ車両を走らせられるというサービスみたい。
「へえ、結構大きいな」
写真に写っていた椅子と比較すると、縦2m×横4mはあると思う。これだけ大きなレイアウトを走らせられるなら子供とか楽しいだろうな。
「いろいろ売ってるんだね」
「はい。なので値段を調べて予算を出すためにも行った方がいいと思います」
値段は確かに気になることだ。今は何が必要かはわからないけど、知っておいて損はない。
「そのお店に行ってみよう」
実際に鉄道模型に触れられて、どんなものを使い、それらがいくらなのか知れる。なら行くしかないと思い、『JAMJAM』へ向かうことにした。
店はモールから徒歩3分にある小さなビルの一階にあった。道路に面していて助かった。
中は思ったよりも広く、入ってすぐショーケースに入った様々な車両が出迎えてくれた。
「見て見て!そこ走ってる特急列車だ」
「改めてみると本当にびっくりね。本物そっくり」
先輩と先生の二人がショーケースに釘付けになっていた。俺もどんなのがあるか気になったから見てみることに。
ショーケースは四段になっていて、上三つに車両が線路の上に置いてある。上は普通列車、真ん中は特急列車、下は貨物や夜行列車というふうに分けられていた。
「何してるんですか?行きますよ」
「あ、ごめん」
しかし先輩と先生は夢中になってて気づいていない。それを見た瀬戸さんがなんと二人の首根っこ掴むとショーケースから引きはがしてしまった。
「痛い、痛いよ瀬戸ちゃん」
「車両は今日関係ないですよね?」
「ごめんなさい」
「金谷先生もなんで教師が生徒よりも夢中になってるんですか。監督してくださいよ」
「おっしゃる通りです」
どっちが先生がわからないな……。というか人間を片手で引きはがすってすごい力だな。あんな細い身体のどこにそんなパワーがあるんだろう?怖くもあり不思議だ。
まず向かったのはレンタルレイアウトのブースだった。写真で見るよりも大きく感じ、迫力がある。レンタルには一回一時間700円かかるけど、これだけのレイアウトを一時間堪能できるんなら安いな。
店員さんに4人分のレンタル料を支払い中に入る。もっとも一時間も遊ぶ時間はないため、一つのコントローラーをみんなで回すことに決めていた。それを伝えると真ん中の椅子を使ってくれと指示された。ちなみに車両は持ってないと告げると車庫エリアにある車両を貸してくれることになった。
「ではどれを出しましょうか?」
一つしか線路なにので一本だけになるけど、誰も手を挙げなかった。
「瀬戸さんが選んだらどうかな?」
「え、私?」
「だって今日はすごい助かったし、ここに来たのも瀬戸さんの提案だからね」
「じゃあお言葉に甘えて。と言っても私は鉄道の車両に……」
急に止まって動かなくなった。視線の先には青い電車が停まっている。あの列車はショーケースの夜行列車のコーナーに置いてあった車両だ。
「あの、これでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんが返事してから車両を手に取り本線に移し替え始める。座っている瀬戸さんの前に一番先頭にあったよく貨物を引いてる電車が置かれて、その後ろに残りの車両が一両ずつ丁寧に本線に置かれた。
「ではどうぞ」
「しゅ、出発進行」
お決まりの掛け声をしながら事前に説明されていたコントローラーのレバーを引いた。一気に倒したから列車も急加速して駅を出発してカーブを曲がって行った。
「おお!」
店員さんが隣にモニターを持ってきてくれて、そこには先頭車両に搭載されたカメラからの映像が流れている。ちょうどトンネルに入ってしまったので真っ暗だけど、外を出ると港町を走行している。運転手になった気分を楽しめる。
「……楽しい」
瀬戸さんの顔が若干ニヤケの入った笑顔になっていた。ちょっと珍しいかもしれない。が、顔をジロジロ見てるのがバレたら何言われるかわからないからちょうど戻って来た列車に目を向けた。そのまま通過しまたカーブの先へと列車は消えていく。
今度は俺がその列車を追いかけた。けどカーブの先は狭いのと先輩がいるため通れないから入り口側を通り、反対のレイアウトへ出る。そこは朝の港町を模したところへ、夜行列車の模型が通過した。なんか本当に一日の始まりって感じがする。そして列車はトンネルに入り、瀬戸さんのいる駅で停まった
「結構楽しいわねこれ」
「瀬戸ちゃんノリノリだったね。指差し確認なんかしちゃむて」
「み、見てたんですか」
なにそれ、見たかった。そんな貴重なシーンを見逃すなんて……ついてない。
「じゃあ次は私」
先輩は15分みっちり一回も停めずに列車を走らせ続けた。
全員が運転体験できたところで、次は値段と始めるにあたって必要なものを調べる。
「すみません、全くの初心者が鉄道模型を始めるには何を揃えたらいいですか?」
ブースから出たところを店員さんに質問する。
「そうですね。まずどんなレイアウトでも必要なものですと……」
店員さんが商品棚の方へ移動したので俺たちもついていく。
基本的には工具の類だった。カッターや精密ドライバー、ニッパー、定規などでほとんどは部室にあったものがそのまま使えそうだ。
次に必要なのは接着アイテム。接着剤もゴム系、ゼリー系、プラ版を使うもの専用のもの、プラモデル用の接着剤、瞬間接着剤と種類は豊富。あと、ボンドを水に溶かして使うこともあるからスポイトもあるといいらしい。
こんなにあるのは使う素材によって使い分けられるようなので、きちんと調べないといけない。
後は色付けのスプレーや絵の具、それを塗るための筆などがあるといいと教えてくれた。
「ちなみにレイアウトのプランってありますか?」
「山奥の集落を作ろうと思っています」
「ではローカル線がメインって感じになりますね」
また別の棚へ移動するのでまたついて行った。
「山ならこれは欠かせませんね」
四角くて分厚い水色の板を手に取った。
「発泡スチロールでできた板です。これは土台で使い、地形作りに適しています」
これをカッターで削って地形を作るみたいだ。
「お金をかけないやり方だと発泡スチロールや新聞紙で大まかな形を作って、それをこの……プラスターで覆うというやり方もあります」
プラスターはなんか目の粗い包帯みたいなものだった。
「あと、線路ですね。ローカル線の線路は」
他にも川を作るときの絵の具やスプレー、トンネルの入り口、山に生えてる草木に使う教えてくれた。
「あの、それと夜景を再現したいとかんがえているんですけど」
「夜景ですか?」
「はい」
「夜景となると電球が必要になりますね」
不思議そうな顔をしながら店員さんはまた移動した。店員さんが取ってくれたのはLED電球12個入りとパワーパックのセットだった。だけど値段は4500円。多分安い方なんだろうけど、数を揃えるとなるとお金の問題がでてくるな。
「ありがとうございます」
「よければこの本を買っていってください。結構わかりやすくて人気なんですよ」
タイトルは『Nゲージ入門・鉄道模型の大事典』。パラパラとめくると今店員さんが言ってくれたことが書いてあるっぽい。
「ありがとうございます。これ買います」
「ありがとうございます」
2000円近くしたけど、あるのとないのとでは雲泥の差だ。
「あの、これって無料のやつですか?」
瀬戸さんが持っていたのはジオラマの材料カタログで、表紙に無料とは書いてある
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
本とカタログ、それから先輩がちゃっかりもらってきた無料配布の『ジオラマ作成』というパンフレットという戦利品を持って学校へ戻った。
しかし運転体験を思いっきり楽しんでしまったせいか下校時刻ギリギリの到着になってしまった。
「明日は鉄道模型の勉強とできたらレイアウトの設計だな」
「了解」
アパートに戻ると母さんに電話をかけた。あることをお願いするためにかけるんだけど、この一週間俺が付き合いで連絡する暇がなかったりこっちからかけても仕事が忙しいのか出なかったりしてなかなか予定が合わなくて、星奈がコケたときに鬼電のごとく何回もかけて繋いだ時くらいしか話せていない。だからそろそろゆっくり話がしたかった。
『星夜、やっとかけてきた』
母さんの抗議と呆れの混じった声が鼓膜に直撃しそうな勢いを持って響いた。
「ごめん母さん。いろいろと忙しくて」
『忙しいって何?あ、お友達とか?でもそれにしたって遅くない?』
「ちゃんと説明するから」
編入初日の事件から部活をすることになったことを詳しく話した。最初のラッキースケベのくだりは笑っていたけど、部活をすることになり、模型を作るという話になると静かに聞いてくれた。
「だから前原集落の資料が欲しくて、そのために俺の部屋にある写真を送ってほしいんだ」
「なるほどね。わかった、明日送るよ」
「ありがとう」
「私も何かあったと思うからそれも一緒に送るわ」
「助かる」
これでなんとか前原集落の写真は手に入る。これで設計もやりやすくなるはずだ。
それからは部活以外の近況や、母さんたちの今の状況、星奈の様子などを結構な時間話した。なんだかんだ一週間とはいえ離れて暮らしていると、母さんの声は安心するな。
「じゃあ明日もあるから、お休み」
「お休み、頑張りなさい。星奈と約束したなら、変なモノ作るんじゃないよ。もちろん、ワガママを許してもらった他の部員の子のためにも」
「わかってる。じゃ」
電話を切って布団の上に寝転んだ。
母さんからエールをもらい、自然と力が湧いてくる感覚を感じる。
「楽しみだな。ってもうこんな時間!!」
時計は23時になろうとしていた。慌てて夕飯と風呂を済ませ、布団に入って明日に備えた。
今日の作業は部室にある道具の確認から始めた。
昨日である程度模型作りを始めるために必要なリストは揃った。そこからあるものを出して本当に買わなきゃいけない道具を選別する。せっかく工作部の部室と道具を使っていいことになったのに、既にあるものを買ってしまったら勿体ないからな。
「カッターと定規、やすり、ノコギリに糸鋸にニッパーはあるわね」
「千枚通しにキリ、ドライバー、金属用の鋏……あ、電動ドリル!使うかわからないけどありがたい。すごい、結構揃ってますね」
「それだけじゃないよ。私も実はこんなものを持ってるのだ」
先輩がどや顔で見せて来たのはピンセット、プラスチック用の鋏、ニッパー、デザインナイフといったプラモデルようの工具キットだった。それに加え、だいぶ使い込まれた筆もたくさんあった。
「模型作りだから必要かなって」
「よくこんなもの持ってましたね?何か作ってたりするんですか?」
「違うよ。先生に追っかけられたときに逃げ切るためのいたずらグッズを自作するために買ったもの」
聞かなきゃよかった。というかいたずらグッズを自作してたのか!既に
「も、もちろん今は作ってないよ!」
俺の顔に出てたのか慌ててアピールをしてきた。
「でも、それって先輩手先が器用ってことですよね?それってかなり助かるんじゃない?」
「あ、そうか」
「そうだよ~。いたずらグッズを自作するのって結構細かい作業あるんだよ」
「先輩、自慢できることではありません」
「はい……」
「みんなごめんね~」
手先が器用なことは自慢していいと思うんだが、と突っ込みたかったけど先生が来たからタイミングを失くしてしまった。
とりあえず部室にあった道具は全部確認が終わり、リストと照らし合わせる作業に入った。
「とりあえず全くないのは塗装関係か」
「そうね。去年の10月に使えなさそうなものは捨てちゃったからね」
「それで、これだけの工具が残ってたのはラッキーだね」
「ええ」
本当にそうだ。多分工作以外でも何か困ったときに使えそうなものばかりだから取っておいたんだろうけど、捨てなかった学校側には感謝だ。
「買うのに必要なのは塗装と模型専用の接着剤、あとはエアスプレーガンや、このグルーガンっていう熱を利用する接着剤みたいなものですね」
「あとレイアウトの設計ができたら最終的な予算を算出になるな」
「それは明日になりそうね」
「じゃあ、勉強会と行きますか」
本を作業台の中央に置き、先輩が昨日出してくれた動画を見る。
先輩が選んだものは非常にわかりやすいものだった。おかげで本の内容もかなり早く理解することができた。
「一旦休憩しましょうか」
瀬戸さんの提案で少し休憩を挟む。動画は30分近くあったから、少し目が痛くなっていた。
「二人は前原集落に住んでたんですよね?」
ペットボトルのお茶を半分くらい飲み干した後、急に質問された。
「ああ。俺は4歳から6歳まで親の都合で住んでた。おじいちゃんとおばあちゃんの家があってそこで世話になってたんだ」
「私は住んでたわけじゃないけど、明石君と同じでおじいちゃんとおばあちゃんの家が前原集落にあったから、行ったことはあるって感じ。でも夏休みとかは長い間いたから住んでたって言っても、もしかしたら通るかもね」
「どんなとこだったんですか?」
「山に囲まれてて何もないけど、水と空気が綺麗で夏でも意外と涼しいところかな。のどかで静かでいいところだけどそこ変わり何もないから都会に慣れた高校生にはきついかな」
「そうそう。あるのって個人経営に近いスーパーと田舎にあるコンビニもどきくらいで、子どもの遊び場って川か公民館だもん。あ、そういえば駄菓子屋もあったな。あそこのおばあちゃんテレビしょっちゅうテレビ見てて客がいることにも気づかないの」
「あ、先輩もやられたんですか?気づいたら気づいたで謝りはするんですけどお笑いの神様みたいなすっとぼけ方するんですよね」
「そうそう!!」
大きい集落と言ってもあくまでも”山奥にある集落”にしてはだからであって町という規模で見ると小さい。だからどっちかが出した話題は大体わかってだんだん懐かしくなってきた。
「あの、お二人とも」
「あ、ごめんごめん」
「すまん」
つい盛り上がって瀬戸さんを置いてけぼりにしてしまった。
けど瀬戸さんは口角が上がっていてなんか楽しそうにしていた。
「大丈夫よ。二人にとって前原集落は思い出の地なんですね」
そりゃそうだ。小さい頃過ごしたところだからたくさんの思い出がある。
「あの、まだプランを考える時間じゃないですけど一ついいですか?」
「え、うん、いいけど」
「今回の模型のコンセプト、思い出なんてどうですか?」
「思い出?」
どういうことかよくわかわずオウム返しをした。
「そうよ。……芸術作品って作成している時の感情が出やすいってよく聞きます。そして私達が作る前原集落は二人の楽しい思い出がたくさん詰まっているなって二人の話を聞いてて感じました。だったらその思い出を全面に出せればいい作品になると思います。それに、私達が経験ある他校のライバルに技術では絶対に勝てません。ならいっそう感情のこもった作品を出すべきだと思います」
瀬戸さんの言葉は腑に落ちた。確かに俺たちじゃ他の参加者に太刀打ちなんて到底できないと思う。となると何で勝負するのかとなるとそういうところになってくる。
「思い出……か」
「そう。例えば明石君」
「なんだ?」
「その前原集落の夜景だけど、どういうときに見た夜景が一番記憶に残ってる?」
「うーん、そうだな……夏かな。その夜景が見える場所は夜になると明かりがなくてその分夜景が綺麗に見えるんだけど、夏は空に天の川がはっきり見えるんだ。で、町の形も細長いから上と下に天の川が出現したみたいに見えるんだよ。その中でも一番衝撃的だったのは夏祭りの日。建物の明かりに加えて提灯や屋台の明かりが加わって天の川感が増してもはや宇宙にいるのかと錯覚するくらいキレイだった」
集落で過ごす最後の年の夏祭りの日に見たあの夜景は本当に忘れられない。小学生のころの記憶は結構忘れてるのにこの記憶だけは今も鮮明に焼き付いているくらいだ。
「何それ見たかったー!!」
「最高じゃない、それよそれ。そういうのを作っていくのよ」
「絶対インパクトあると思うわ」
話しているうちに本当にいけそうな気がしてきた。まだプランを練っていなかったとはいえ、俺個人の、星奈との約束という意味でも夜景という漠然なモノしか考えてなかった。誰かに見せるのなら、俺の思う一番いい夜景見せたいし、見せなきゃいけない。星奈はもちろん、見に来るお客さんや審査員の人にも。
「いいと思う。思い出。それで行こう」
休憩中に運よく雑談からコンセプトが決まった。
「あ、だったら私も一ついいかな」
「どうぞ」
「私も一番記憶に残ってるのって夏祭りなんだ。おじいちゃんとおばあちゃん、東京に行っちゃったお兄ちゃんと一緒に屋台のご飯食べたり射的やったり、結構昭和な感じが残ってて楽しかったんだ。で、前原集落の夏祭りってお神輿が町を回るんだけど、そのご神体?かな、とにかく上に乗っかってるのが結構変な形なんだよね」
「ああ、そういえばよくわからない形してましたね」
俺もあの祭りは行っているから変な形の神輿は見たことがある。今でもよくわからないけどその変な形から笑っていた覚えがある。
「これで設定も決まりですね。夏祭りの日の夜の前原集落」
もはやそれしかないと思う。偶然にも俺と先輩の思い出が夏祭りで重なったんだから。いや、前原集落の大きなイベントはそれくらいだからある意味必然なのかな?そんなことも思った。
だけど一つ気になったこともあった。
「でもさ、思い出にするのはいいんだけどそれだと瀬戸さんの思い出が入ってないのがちょっと気になるんだけど」
瀬戸さんは前原集落とは無縁だ。だから当然前原集落に思い出はない。だからと言ってひとりだけ思い出が入っていないというのは印象が悪い気がする。大人数なら話が違ったかもしれないけど……。
「ああ、そうよね。それはちょっと問題よね」
「ですがいたこともない場所に思い出なんてありませんから入れようがないですよ?それに私は大丈夫です。明石君と先輩」
「そんな、私はいやだよ。思い出をコンセプトにする以上全員の思い出があるべきだと私は思います!」
「いや先輩、話聞いてました?入れようがないですよ」
けどどうしても瀬戸さんの言うことは一理ある。ここをどうするべきか、どこかの思い出を強引にぶち込むか?でもそんなことをすれば俺たちの思い出が上手く再現できなくなるかもしれない。
そのとき模型の教科書に載ってた写真に目が行った。都心を寝台列車が走っているシーンを映したものだ。
昨日模型の運転をしたとき、瀬戸さんはこの青い電車を選んだ。何かあるのかもしれない。
「ねえ瀬戸さん。そういえば昨日模型を運転したときこの電車を選んだけど、どうして?」
「え、ああ。ちょっと思い入れがあったの」
思い入れ、つまり思い出があるということか?
「どんな」
少し食い気味になって聞いた
「昔島根に住んでたんだけど、お父さんは当時陸上自衛隊の習志野にある空挺部隊に所属してて千葉に住んでたのよ」
「すご!」
空挺って人間やめてるとか言われるスゲー人たちの集まりだって聞く。というかたまに出る軍人っぽい口調はお父さんの影響か。
「それでお父さんに会いに千葉へは何回も行ってたの。で、お父さんと一緒に千葉から島根に帰る時によくその列車に乗ってたのよ。お父さん鉄道に乗るのが好きだから。初めて乗った時のことは今でも覚えてる。それまでは電車って昼間に走るものだと思ってたし、何より電車の中で寝られるっていうのが衝撃的だった。後はお父さんの膝に乗って外の景色を眺めてたわね。町の明かりが星に見えたり、深夜に普段は起きれない時間まで起きて普段見ることのできない眠った町や駅を見るのが楽しかったわね」
今まで見たこともないようなテンションで青い電車での思い出を話してくれた。
「そうだったんだ。……ってあるじゃん思い出!」
先輩が思いっきり突っ込んだ。
「あの、確かにブルートレインには私の思い出がありますけど前原集落の思い出ではありませんよ」
「う……」
けど瀬戸さんの言葉にあえなく撃沈していた。
でも瀬戸さんに鉄道での思い出があったのなら、何かしらで模型に入れることができるかもしれない。何しろ鉄道施設に関しては全く決まっていない。どこかしらに入れられるところがあるはずだ。
「瀬戸さん。他にもそのブルートレインで記憶に残っている事ってある?」
「朝になって大きな橋を通ったことかな。名前は忘れたけど、鉄道ファンの間じゃかなり有名な橋って聞いてる。結構高くて下には町が広がってて怖がってたわね」
すぐにスマホで調べてみる。出て来たのは余部鉄橋という橋とそこを通る寝台特急『出雲』号が出て来た。確かに高いところを走ってて町がその下に広がっていて海が近くにあるみたいだ。
「これかな?」
「あ、そうそう。この景色で間違いないよ」
場所もわかった。それにしても、ここって山の近くを通ってるし、この鉄橋も結構いいデザインだと思うからレイアウトに組み込めないかな?そうすれば瀬戸さんの思い出であるこの寝台列車を入れることができるのに。
「あ、結構時間経ってしまったわね。そろそろ再開しましょう」
その言葉にハッとして俺たちは先輩のスマホの動画と本に視線を戻し、勉強を再開した。
その夜アパートの頼んでたものが届いた。
けど、思ったよりも箱が小さくて嫌な予感がした。
「なんでこんなに少ないんだ?」
中のものを確認する。俺の部屋にあったものは全てあった。けどそれ以外に母さんとかが持っていたはずの前原集落で撮った写真がまったくなかった。
出れるかわからないけど母さんに電話を掛けた。
『あ、星夜、荷物届いた』
「届いたけど、俺の部屋のもの以外なくてさ。どうして」
『あーそのごめんね。どうやらおじいちゃんとおばあちゃんが死んじゃったあとに遺品整理で捨てちゃったっぽいのよ』
「ええ!?」
おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったのは俺が8歳の時で、その時には既になかったというのか……
『本当にごめんね。まさかこんな形で使うなんて思いもしなかったし』
「そんな……」
今更仕方ない。ないものはないからどうしようもない。しかし前原集落の資料がほぼないに等しくなってしまった。困ったことになったな。
「というわけで、祭りの日の写真と夜景の写真とかは手に入ったけど前原集落の基本的な情報は手に入りませんでした。すいません」
次の日の部活で正直に話して謝った。
「まあしょうがないよ。それに肝心の祭りと夜景の写真はあるんだから」
本当に不幸中の幸いなのはそれだ。もし祭りの写真、特に夜景は集落の人もあまり知られていない場所だからなかったら大変なことになっていた。
「そうね。前原集落の情報なら今の世の中便利だからすぐに手に入るわ」
金谷先生が俺の肩に手を置いて励ましの言葉をくれた。怒られるかと思っていたからみんなの対応はすごくありがたい。
「じゃあ今日は予定を変更して前原集落の資料探しを行いましょう」
すぐに全員で手分けして前原集落に関する情報を集めるためスマホや学校のパソコンを借りて資料を探す作業に入った。
写真自体はそこそこネットに転がっていたけど、全体写真や写っている範囲の広い写真は数枚しか見つからなかった。
「思ったより手強い」
あまり知られていない町と言ってもここまで写真が少ないとは思わなかった。全体写真は俺の夜景の写真のみでギリギリ稜線がわかるくらいで、建物なんかは当然わからない。
誰も声を発せず、緊張した空気になっていたけど突然先輩が立ち上がった。
「あ、そうだ!」
「どうしました?」
「うちのおばあちゃんだよ。おばあちゃんは前原集落の元住人だから、おばあちゃんに聞けば一発だよ」
「それだ!」
「なーんで忘れてたんだろう。おばあちゃんごめ~ん」
確か俺がダムを見て気分が落ちていた時にそんなことを言っていたのを思い出した。元住人なら生き証人だし、いろいろ知っている。これほど強い味方はない。
「じゃあ早速家に行こう」
動きやすいようにメモと筆記用具だけ持って学校を出た。先輩の家は学校から徒歩20分ほどにあり、俺の家とは反対側にあった。他の家と同じくらいの大きさの一軒家で、庭は他の家とは少し広いって感じだ。
その庭に一人のおばあさんがナスに水をあげていた。あの人が先輩のおばあちゃんかな?小さい頃の記憶も思い返してみるけど、わからなかった。
「おばあちゃん」
「あら実里おかえり。早かったわね。あれ?お友達連れて来たの?しかも男の子まで」
「うん。一緒の部活の仲間だよ」
「あら、じゃあ挨拶しなくちゃ。久しぶりに実里がお友達連れて来たんだから」
じょうろを地面に置いたと思ったらタッタッタッとすごい早さで俺たちの元へ歩いてきた。何歳なのかはわからないけど、すごい元気だなって思った。
「どうぞいらっしゃい。実里がお世話になっています」
「あ、いえ」
「初めまして。部活で本田先輩にお世話になっています」
「ささ、どうぞ上がって行ってください」
案内されてリビングへと通された。すぐに先輩のおばあさんがすごいペースでお茶を出してくれた
「ありがとうございます」
「ゆっくりしていってね。実里、また外にいるわね」
「あ、待っておばあちゃん。みんなおばあちゃんに用事があって来たの」
「あら、私に?」
「あの、あなたは前原集落に住んでいたとお聞きして」
前原集落の名前を出すと驚いたような顔をした。
「お若い方から前原集落の名前を聞くとは思わなかったわ。そうよ、嫁入りしてからずっと前原に住んでいたわ」
「それで一つお願いがありまして」
先輩のおばあちゃんに事情を説明し、そして今日なぜここを訪れたのかを話した。
「そう。前原集落の模型を。実里、あなたすごいことしてるのね」
「えへへ。だけど写真とかが少なくて、困ってたんだ。だからおばあちゃんに話を聞こうと思って」
「そういうことならいくらでも力になるわ。でも困ったわね」
「どうしたの?」
「あたしも年だし前原から離れて結構経つから説明するとなると地図とかが欲しいのよね。それがないとこれがなんだとか説明するのが難しいのよ。あれ、……でも確か、ちょっと待っててね」
先輩のおばあちゃんは部屋に行ってしまった。しばらくドタドタと音がし、確認のために先輩が部屋に入って行ったけど、すぐに戻って来た。
「ごめんね。やっぱり地図とかがないと多分あなたたちの期待に添える説明ができそうにないわ」
「そうですか……」
「本当にごめんね」
「いえ、でしたらどこかから地図や全体の写った写真とかを探してみます」
「ありがとうございました」
先輩の家を後にして学校に戻る。
「みんなごめんね」
先輩が初めて会ったときみたいにしおらしく謝って来た。
「いえ、大丈夫ですよ。それに、地図さえあれば説明できるって言ってたので、何としても全体のデータを手に入れましょう」
「……うん」
とりあえず目標は前原集落の全体の分かるものを手に入れることだ。だけどネット、それもダムマニアとか廃墟マニアみたいな人のやっている個人のブログまでも調べてみたけど全体を映している写真は見当たらなかった。そこをどう突破すればいいか、なかなかいい案が浮かばない。
それでも根気強く前原集落を検索に掛けてみる。上ではなく下の方にあるサイトや記事を一つ一つ開いていっていいものがないか確認する。
探したけれどもやっぱり見つからない。もうみんな上の空になっていた。
この状況はまずいな。
ここは一度角度を変えて『前原ダム』と打ち込んだ。ダム建設の前後の写真とかが出てくるかもしれないという賭けに近いものだが、やらないよりかはと思い検索した。結果はダメだった。けど面白いものを見つけた。
「前原ダム資料館?」
場所は前行ったときに降りたバス停からすぐ近くにある施設らしい。その施設を今度は検索してみる。
無料公開されている資料館でダムの歴史や工事の過程や苦労など、実物も展示しながら伝えている施設らしい。
ここならもしかしたら資料があるかもしれない。今すぐ行こうと思ったけど、下校時刻まであと一時間を切り、今からだと帰りのバスがなくなる可能性があったからやめた。けど明日は土曜日。朝から行けばゆっくり見られるし、バスの心配もない。それに前原ダムのアーチの近くだから実際の前原をダムとはいえ感じられるのはプラスだと思い提案してみることにした。
「みんな、ちょっといい?」
一斉に俺の方を向いた
「明日なんだけどさ、ここに行こうと思う」
俺のスマホの画面を全員が覗く。
「ダムの資料館?」
「はい」
俺は考えをみんなに伝える。前原ダムは計画自体は30年前からあったらしいから、その時からの資料があるならもしかしたら前原集落の写真とかもあるかもしれない。そう踏んだ。
「今はその賭けに乗るしかないな」
「手詰まりだったし、行ってみよう」
「だったら明日車を出すわ」
「いいんですか先生」
「もちろん」
「ありがとうございます」
なんとか行くことが決まり、明日は9時に駅前に集合することにして解散となった。
集合場所へは俺が一番乗りだった。土曜なだけあって結構な人が行きかっている。
特に特急列車が停まったあとはたくさんの人が駅から出て来た。駅前のバス停からは温泉街へ行くバスも出ているからバス停はこの時間は人が多くなる。
少しして瀬戸さん、時間の10分前に先輩が、そして5分前に先生が来た。先生の車はミニクーパーという小さくてかわいい車だった。
「おまたせ。じゃあ行こう」
先生の運転は揺れが少なくて眠れるくらいの安全運転だった。
バスの時と違って一直線に山へ向かっていくからすぐに緑に囲まれた。クネクネしているわけではなく二車線あるけど狭い方の道だと思う。よくこんなところを普通のバスが通ってるなとびっくりする。
40分ほどして先週行ったダムのアーチに着いた。改めてみると高くて高所恐怖所ではなくても怖く感じる。今は水を放出していないみたいだ。ちょっと見て見たかったな。
駐車場に車を停めるとすぐそばに資料館はあった。元工事の人のための宿舎を改造して作ったものらしいからあまり大きな建物ではない。入場は無料らしく、ゲートの類もなかった。中に入るとまずダムの模型が出て来た。鉄道模型とは違い、紙で作られているものっぽかったけどかなりリアルに作られている。
その奥に通路があって壁にいろいろ書いてあり、その前の透明なケースには当時の書類らしきものがある。
計画からすぐに反対運動が起こって一時期は暴動の手前まで行ったらしい。また行政側も勝手に地質調査を行うなどお互いエスカレートして一触即発の時代が長いこと続いていたらしい。
「ねえねえ明石君。これ!」
先輩が指さした方には俺の予想が当たっていたことを示すものがあった。ダムの計画の歴史の年表に1980年代のものではあるけど航空写真があった。横に進んで行って、俺たちが住んでいたころの2000年代のところを見る。そしてそこには住民がいなくなったあとに撮られたと思われる航空写真があった。
「ありました!」
俺の声を聞いてすぐに瀬戸さんと先生が飛んできた。写真撮影は大丈夫と確認しているからスマホで写真を撮った。
「これで話が聞けるね」
「だけど、このままは見づらいですし印刷したら画質が粗くてなっちゃいませんか?」
「うーん。確かにこれだとおばあさん見えづらいかも」
書き直すにしても時間はかかるし、そもそもちゃんとした地図になるのかも怪しい。これで何とかするしかないのか?
「おや、お客さんとは珍しい」
急に声が掛かり振り返ると60代くらいの小柄な男の人が作業服を着て手にモップを持っていた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、どちら様で?」
「私はこの先にある発電所に清掃員として派遣されている者です。この資料館も清掃範囲なので少し遠いですがこうして来ているのです」
やっぱり清掃の人だった。だけどこんな山奥まで大変だなあ。
「こんな何もないところですが、どうぞごゆっくり楽しんで行ってください」
清掃のおじさんはお辞儀をして仕事に戻ろうと後ろを向いてゆっくり歩き始める。だけど俺はその後ろ姿を無意識に止めてしまった。
「あの」
「はい」
「この写真ってどこかにデータとかあるのですか?」
「ちょっ、明石君!」
「え?……多分あるとは思いますけど、何分この施設のことは構造以外はわからないので」
「……そうですよね。ごめんなさい」
「どうしてそんなことを聞かれたのですか?」
ここでも事情を説明した。学校で模型を作ること、元々水の底に沈んだ前原集落に住んでいたこと、そしてその模型のモデルを前原集落にすることを。そしてその資料がなく、元住人に聞くにも地図か全体の写真がないと難しいこと、できれば資料をコピーさせてもらえないかということ。
「ほお、鉄道模型でこの前原集落を。……あれ?でもここには鉄道は走っていなかったのでは?」
「そこはうまく線路を敷いてアレンジする予定です」
「なるほど、まあ少し空想を入れるのも悪くはないですな。で、そしてその資料としてこの写真が欲しいと」
「はい」
「わかりました。ちょっと発電所の方に聞いてみます。ここの管理は発電所ですから」
「いいんですか!?」
正直自分でも何でこんなことしたのかわからない。普通に生の写真を手に入れるなんて無茶なのは明らかだ。だからこそ清掃のおじさんの対応にびっくりしてしまった。
「せっかく数ある中でここを頼ってくださったんです。やるだけやってみましょう」
「ありがとうございます!」
思いっきり頭を下げた。それに対し清掃のおじさんは笑顔を向け、電話を取り出してかけ始めた。
「すいません。清掃の稲葉です。はい、実はですね……」
清掃のおじさんはそれから5分くらい電話で話し続けた。あまりトーンや表情が変わらないからうまくいってるのかそうでないのかはわからない。
「はい。お忙しいところすいません。では」
「どうでしたか?」
「残念ですが、ここにあるものは貸すことはできないそうです」
「ま、当然っちゃ当然ね」
わかっていた。いきなり高校生が来て展示してある写真貸してくれなんて通るわけがない。
「しかし、発電所の所長さんが今から来るそうです」
『え!?』
清掃のおじさんからとんでもない言葉が飛び出た。発電所の所長さんが来る?なんかすごいことになっちゃった。
そしてその言葉通り5分くらいして資料館の前に車が止まり、所長さんと思われる男の人が下りて来た。
かなりいかつくガタイのいい人で、黒髪で目力が強いので反社の人と間違えてもおかしくない。
俺の心臓が編入初日以上に血液を全身に送り出し始めた。早すぎて壊れないか心配だ
「君が写真のコピーを頼んだ高校生かな?」
声も低くて重圧感があった。余計に緊張した
「はい、明石星夜といいます」
「ふむ。なんであの写真が欲しいのかもう一度話してくれるかな?」
「はい」
先生やみんなが見守るなかもう一度、清掃のおじさんにも話したことを一から話した。間違えないように慎重に言葉を選びながら。
「事情はわかった。だが展示してあるものはいかなる理由があろうと持ち出しはもちろんコピーもダメだ。ここができた時にテレビの取材で資料を取り出したことはあったが、あれは例外中の例外だ」
厳しい口調で同じことを言われた。当たり前だ。そもそもアポなしであんな非常識なことをして貸してくれるなんて虫のいい話はない。
「けど……俺は君のその勇気と度胸嫌いじゃない」
「え?」
「ちーと非常識だけど、目的のためにそこまでやるなんざなかなかできることじゃない。それに俺も前原に住んでいたことがあってな、模型とはいえもう一度見れるって思うと協力したくなってきた」
「……いいんですか?」
「ああ……と言いたいが、あれはダメだ。正確には俺が持っている私物だ。工事関係者からもらった航空写真とかもあるからコピーしてきてやる」
「ありがとうございます」
全員でお礼を言った。所長さんはすぐに資料館の職員用の部屋に入り5分ほどして戻って来た。
「これが航空写真だ。それとこれは俺が住んでた頃の写真のコピー。十数枚しかないが、役に立つと思うぜ」
ついに手に入った。そして所長さんのご厚意で当時の普段の町の様子が映った写真も
「ありがとうございます」
改めてお礼を言って頭を下げた。
「いいってことよ。だけど、完成したら見に行くから教えてくれ。確か大会に出るんだっけか?」
「はい。まだ日程は出ていませんが、8月の上旬に行われる鉄道模型甲子園という大会に出展予定です」
「鉄道模型甲子園、8月だな。おし分かった。じゃあ楽しみにしてるぜ。ここまでやったんだ。変なモノ作ったらただじゃおかないからな」
「はい。頑張ります」
満足そうに頷いて車で帰って行った。車が山を登りここから見える最後のカーブを曲がると俺は膝から崩れ落ちた。
「はあ、緊張した」
「ちょっと明石君?」
瀬戸さんが俺の前に仁王立ちして見下ろした。
「さすがにあれはない。今回は運よく共感が得られる方が責任者だったからよかっただけのこと、普通なら学校にクレームが言ってもおかしくないからね。私達は学校の看板も背負ってるっていうのを忘れないで」
「ごめん」
「まあまあ、結果オーライだったんだからいいじゃん。終わりよければすべてよし」
「そういう問題ではありません」
「落ち着いて瀬戸さん。それに瀬戸さんも、なんで罰を受けたか忘れないでね」
「……はい。少し頭に血が上りすぎました」
瀬戸さんの言う通りだ。とにかく反射的にやってしまったことは反省すべきだし、部長としてもっと責任ある行動を心がけないとな。
だけど、瀬戸さんの罰の原因ってなんだろう?とはいえ今それは気にしても仕方ない。
その後は行ける範囲で稜線や地形の分かる写真をたくさん撮った。かなり集まったから山を作るのに役立つと思う。
そしてここで集めた資料を元に再び先輩の家にお邪魔した。先輩のおばあちゃんは今日も快く受け入れてくれて、写真を持ってきたのを見て驚生きながらも楽しそうに集落のことを話してくれた。
地図兼設計図に町の建物の位置、その建物がどんなものかを書き記していく。そして3時間かかってようやく町の明確な地図を完成させることができた。
「よし、完成」
「やったわね」
「おばあちゃん、ありがとう」
「本当にありがとうございました」
「こんな老いぼれでも役に立てたなら嬉しいわ。それに、懐かしいわね前原」
先輩のおばあちゃんは地図と写真を懐かしむように眺めた。約10年ぶりの前原の光景はどう映ったんだろうかな?ちょっと疑問に思う。
「これで模型を作るから楽しみに待っててね」
「今度はこれが実際に出来るのかい?それは楽しみだね。実里、皆さん頑張ってください」
「はい」
最後に改めてお礼を言ってから俺たちは先輩の家を後にし、学校へ向かった。まだ昼近かったのと、設計図ができたテンションのまま、どれくらいのお金がかかるか計算しようとなったからだ。まあ今日はみんな時間があるから、今日できるならやっておきたい。
制服ではなかったけど普通に校門を抜けて部室に入った。
そして地図兼設計図を広げるけど、興奮していてあることを忘れていた。
「あの、線路どうします?」
「あ……」
「それにまだどんな車両走らせるかも決まってないよ?」
車両はともかく線路がまだ敷けていないのを忘れてた。そしてレイアウトで完結させて車両を走らせるためには一週させる必要がある。だけど町の中を通すわけにはいかないし、そもそも敷けても走らせられるような配置に出来ない。
「まずは線路だ。線路がなけりゃ車両だって走らせられない」
「了解。……ローカル線ってだいたい山の高くて平たいところを通ってるのよね?」
瀬戸さんが本に載ってるローカル線をモチーフにした模型の写真を見ながらそういった。
「どうなんだろう?」
ローカル線と言われる路線は俺の実家の近くに走ってはいたがどちらかというと平地を田んぼの中や湖の横を通っていた。だから山を走るローカル線のことはわからない。
知らないんじゃ埒が明かない。動画を検索して走行映像を見ることにした。選んだ映像では本に載ってたような地形、つまり瀬戸さんの予想通り、高いところを通る路線で下に川が流れてたり、その川を挟んで集落があるようなところだった。
「そうなると、このあたりがいいかもしれないわね」
動画を見た結果、瀬戸さんが指したのは町のはずれ、ダムだとアーチのかかっているところから夜景の見える場所の前を通って町の反対のはずれ辺りまで平坦な場所が続いていた。
「うまくはめられそうかな?」
「線路を買わないとわからないけど、半分は敷けそう」
ただ、どうしても反対側の山は平坦なところは見つけられなかった。
「トンネルになるわね」
「……やるしかない」
「頑張ってやるしかないね」
反対側はほぼすべてトンネルを通すことに決まり、大体の線路設置案が完成した。
「あと車両だね」
「意外と重要ですよ。例えば前原集落に新幹線なんて走らせたら雰囲気ぶち壊しになりかねません」
少し想像してしまった。なんか……すごくシュールな光景が広がりそうだ。『崩壊都市』のような世界を再現するならともかく、実在したものを再現するなら、車両もしっかり考えないといけないな。
そう思っていた矢先先輩が提案をした。
「だったら瀬戸ちゃんの青い電車だよ」
「先輩、まだ諦めてなかったんですね」
いや、俺も諦めてはいないぞ。だけど瀬戸を説得できる材料が見つけられていない。
「当たり前だよ。やっぱり思い出がコンセプトなのに一人だけ入ってないなんて嫌だもん」
「ですが、このレイアウトに組み込むには無理があると思います」
「フフン。実はこのレイアウトと寝台列車が合うかもしれない要素を私は三つも見つけたのだ」
「本当ですか!?」
「もちろん」
俺と瀬戸さんにVサインを出した。
「わかりました聞かせてください」
「では一つ目!寝台列車が活躍するのは夜。レイアウトの設定は夜だから寝台列車が走っててもおかしなことにはならないはず」
ちょっと強引に思えるけど、夜に走る寝台列車は画にはなると思う。
「二つ目。瀬戸ちゃんの思い出のある『出雲』号はローカル色のあるところを通ってたんだ。動画サイトに走行映像があって確認したから間違いない。だから『出雲』号ならローカル色の強い前原集落を走らせても違和感はない」
それは知らなかったな。後で先輩にその動画を教えてもらって見て見よう。
「そして三つ目。この寝台列車は昔”星の寝台特急”って呼ばれてたんだって。そして寝台特急のシンボルマークは時刻表だと流れ星なんだよ。これ見て」
ネットに挙がってた時刻表の写真だった。東京駅から出発する列車のページらしい。真ん中に『寝台特急出雲1号』と書いてあり、その上には確かに流れ星みたいなシンボルマークが描かれていた。
「つまり。寝台列車は地上を走る流れ星と言っても過言じゃない。そしてこのレイアウトは上下に天の川、星の大群がある。そしてその真ん中を流れ星が走る。ロマンチックじゃない!」
その光景を想像してみた。上と下に天の川、目線に流れ星……最高だ。
「それに、瀬戸ちゃん寝台列車の中から夜景見たって言ってたでしょ?」
「よく覚えてましたね。はい。寝台列車の通路に折り畳み式の椅子があるんですけど、そこに父が座ってその膝に私が座りながら夜の流れる景色を見てました」
確かにそんなこと言っていたな。瀬戸さんはさらっと言ってたから俺は覚えていなかった。先輩の注意力に驚いた。
「以上のことから、寝台列車とは流れ星としてレイアウトにマッチし、瀬戸ちゃんの思い出としても組み込むことができるのだ」
すごい。本当にそんな気がしてきた。
「……負けました。演説を聞いてたらだんだんとその光景が見たくなっちゃいましたよ」
一度落とした顔はさっきまでの呆れから、「やれやれ」って感じだけど口角は上がっていた。
「では車両は寝台特急『出雲』号に決定!」
先輩のおかげで車両と瀬戸さんの思い出を入れるという問題を一気に解決できた。
「その、ありがとうございます」
「いいってことだよ。さっきも言ったけど、仲間外れは絶対に嫌なの」
「それでもです」
瀬戸の顔が今までにない笑顔になっている。まだ付き合いは浅いけど、ここまでの明るい顔は初めて見た。先輩恐るべし。
「じゃあこれで全部決まったからどれくらいかかるか計算しよう」
四人で手分けして作業する。俺は夜景に必要な電球などを担当する。
でも改めて前原集落は建物が多い。夜景を作る建物だけでも相当なのに祭りの屋台とかにもつけるから一体いくつ必要になるんだ。設計図を見て不安になって来た。
30分後簡単な予算が出た。細かく追ってくと面倒くさいから合計を言うと約10万円。レイアウトにおよそ6~7万円、大会出場費およそ2万円、その他経費に1万円といったところになった。しかもこれが最低の額だ。
全然足りない。レイアウトに関しては本に近いレイアウト制作の過程があって、その中にいくらかかったかが出ていてそれをもとに出した暫定ではある。けどその中に工具は入ってなかったから結局本に載ってたものに近い値段になると思われる。
流石にこの予算は予想していたとはいえ、実際に出されると言葉を失う。ちなみに親に部費として支援してもらうとしても5000円が限界だ。それが三人だとしても1万5千円。どう考えても絶望だ。さっきまでの笑顔が消え、どんよりした空気になってしまった。
「代用ってできないかな?」
「百均にワンチャンあるかも……ね?」
「せいぜいボンドや接着剤くらいよ。でも、減額できるだけましね」
ここに来てまた失速だ。それどころかまだ模型に触れてすらいない。
「先生、バイトってこの学校は確か」
「原則禁止ね」
よほどのこと、例えば在学中に親の失業などだ。そういう理由がない限りバイトすることは出来ない。
けど、このままでは目標に達成できない。
「一度交渉してみようと思う」
覚悟を決め、そうみんなに告げた。
「わかったわ。月曜日にも校長先生にお話できるか確認してみるわ」
「お願いします」
金谷先生にお願いをし、これで今日はもう出来ることは多分ない。まだ明るいけど一応バイト先を探すだけ探しておこうと決め解散になった。
星奈の病院の面会終了時間にも時間があったから、予定にはなかったけど星奈に会いに行くことにした。予想外の来院にびっくりしてたけど嬉しそうだった。
まだ星奈に本当のことを言えてない。いつ言おうかも悩みのたねである。今考えているのは模型が形になって来たときだ。どんな答えが来るかは不安だけど、
週が明けた月曜日の放課後、すぐに職員室前に集まった。
校長室へ案内され、初めて顔を合わせた時と同じように座った。唯一違うのは校長先生が俺たちと反対のソファーに座ったことくらい。
「顔を出せなくてすまないね。毎日金谷先生から報告は聞いてるよ。土曜日も休日返上で活動したと聞いた時は驚いたよ。そこまで真剣に取り組んでくれて嬉しい限りだ」
ラフな感じで話してくれたけど、俺の方はまたしても緊張で心臓に負担がかかっている。
「いえ……あ、それと部室を用意して頂いてありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
先輩と瀬戸さんも俺の後に続いて頭を下げた。
「いいって。君たちが自分で活動内容を見つけて来たんだ。それに私は心を動かされた。それだけだよ」
校長先生の言葉に少しだけ緊張が揺らぎ、心臓の鼓動も若干落ち着いたことで、心にも落ち着きが出て来た。
「ところで、今日は何か頼み事があると聞いたのだが、要件は何かな?」
本題に入った。
「実は、模型を作るにあたってお金が足りないことがわかりました。……こちらです」
一昨日作った予算のリストを机に置いた。
「このように模型はかなりお金がかかり、今の私たちが到底出せる額ではありません。なのでアルバイトの許可をいただきたいと思います」
「アルバイト?」
「はい」
「ちなみに校則は知っているね?」
「はい。原則禁止というのは知っています」
「ふーむ」
校長先生は予算を見ながら唸った。
「確かに始まったばかりの部活にしてはなかなか出せない額だ。親御さんが出してもらうにしても、この割り当てだと一人3万……」
「はい」
「……君たちの熱意はわかるし、今回はできる限り手助けしてあげたいとさえ思っている。だがすまない、これだけではバイトの許可は出すことはできない」
相当悩んでくれたとは思うけど、出された答えはNO。やっぱりそう簡単にはいかないか。
「せめて、OKを出せるとすればどんな条件か教えていただけませんか?」
瀬戸さんの質問に校長先生はさらに難しい顔をし、また考え込んでしまった。
「詳細な計画を考えて教えてほしい。いつまでに目標額を達成できて、どこで働くかを細かくね。それを提出すればもう一度考えてみよう」
「わかりました。ありがとうございます」
「申し訳ない」
やっぱり許可は降りず、俺たちは失意のまま校長室を後にし部室に戻った。
「計画と言ってもどんなふうにすればいいんだ?」
「どこでどのくらいやるか?それは絶対条件よね」
「それと、これは私の予想なんだけど、目標額を達成した後も辞めずに続けないかも心配なんだと思う。」
なるほど。バイトはどこも長期で入ってくれる人を欲しがってる感じがした。俺たちにそんな気がなくても可能性があると判断出来る以上は許可できないのか。
「目標額は10万。三人なら週2でも一ヶ月で稼げるな」
「でも高校生で短期ってどんなのがある?派遣とかはまず無理だし」
「昨日探してみたけどどこも一年くらいやってくれる人歓迎とかだった」
「短期と言っても一ヶ月なんて好条件はまずないと思う」
いくら考えてもいい案は浮かばなかった。改めて調べてみても一ヶ月で終わるバイトなんてまずない。
「みんなあの、一応これ」
金谷先生が一枚の紙をみんなから見える位置に置いた
「アルバイト許可申請書」
「あったんですか、書類?」
「禁止される前の許可制時代のものよ。今朝別の探し物をしていたらまだ残っててコピーさせてもらったわ」
ないよりはいいけど、いい条件のバイトがないんじゃ意味がない。
「いっそのことクラウドファンディングやってみるとか?」
「多分ネットでバイトしろで終わりかと」
「やっぱり?」
「可能性は0じゃないですけど、期待はできないかと」
「ですよね〜」
「とにかく、今は根気強くいいバイトを探すしかないですね」
口ではそう言ったけど正直そんな美味しい話があるとは思えない。でも希望的観測にすがらないと色々保てない気がした。