ーー凄い、めっちゃ人いる。ギャラリー多いなあ……。

 今日は颯斗の大会の日だ。会場へ到着すると客席がある方へ向かう。見やすそうな場所を探して空いてる所に座ると、様々な場所から各学校の話や選手の名前を耳にする。大会独特の雰囲気と緊張感に息をのんだ。

  ……なんか、俺までドキドキしてきた。
  颯斗がベストを出せますようにーー……と、心の中で何度も唱える。



「え、じゃあ応援行くの?」
「うん」
「瑞希先輩見てるだけだったのに、いつの間にそんなに仲良くなっちゃって~」

 見に行く約束をした日の放課後、同じ委員会の幼馴染と後輩に混じりながら作業をしていた。
 そうだ、今までずっと見てるだけだった。だから、正直こんなに仲良くなれるなんて思っていなかった。


 声をかけて助けてくれたあの日は、朝から貧血気味で調子が悪かった。
 立ってるのしんどい……。少し休んでから行くか……。でも、この後の電車は混んでて人酔いしちゃうんだよなーー……。なんて、下の方を見ながら考えていたら、視界がグラつきその場にしゃがみ込んだ。

「ーー大丈夫?」
「……あ、」

 誰かに声をかけられゆっくりと顔を上げる。頭と身体は不調で優れないのに、その顔を見たら心臓がトクンとひとつ跳ねた。

 彼のことはずっと前から知っていた。毎朝この駅で見かけるひとつ先の男子校の制服を着ていて、この六号車から電車に乗っている。いつも右側に立っていて、大きな欠伸をして眠そうにしている時もあればスマホで何か動画を見ている時もある。
 しゃがみ込む自分に手を貸してベンチまで運んでくれた。身長は差程変わらないのに、自分より遥かにしっかりとした体格。肩を組んでいるせいで顔が近くて静かに鳴らしていた鼓動が大きくなってゆく。

「部活あるから行くな。お大事に」

 ……また、助けられてしまった。

 彼に助けてもらったのは、実はこれで〝二度目〟だった。一度目の時はずっと前のことで、向こうはもう覚えていないだろうけど。

 高校に入学して暫く経った頃、たまたま駅のホームで見かけた時は驚いて心臓が叫ぶくらいドキドキしたのを覚えている。話しかけようかどうしようか迷ったが、あの時からずいぶんと空いていていたので、中々声をかけることが出来なかったのだ。


 二度目に助けてもらって以降、毎日顔を合わせては話すようになった。ずっと見てるだけだった人と今はこうやって会話ができる。
 颯斗は人との距離感を取るのが上手い。人見知りな自分に対して無理にパーソナルスペースに入ってくるようなことはしてこないし、名前や見た目通りの爽やかさがよく似合う人だ。

 気になっていただけの感情が、日が経つにつれ大きくなっていくのは自分でも感じていた。
  いつも楽しそうに笑顔を向けて話してくれる颯斗に対しての気持ちにちゃんと気がついたのは、つい最近のことだ。



 アナウンスと共に的前に五人男が並ぶ。どこにいるだろうと探す間もなく一瞬で分かってしまった。いつもの雰囲気とは変わって、真剣で凛々しい顔つきにドキッとしてしまう。

「水瀬くん出てきた! 今日もかっこいい~」
「袴姿ほんとやばいよね!」

 周りに迷惑がかからないようにして、ひそひそと話す女子達の会話が所々で繰り広げられていて、あちらこちらから耳に入る。
  ーーあれ、もしかして颯斗って人気者……だったりする?!

「やっぱりここは強いよな~」
「水瀬の射がほんとに綺麗で嫉妬する」
「分かる。練習試合とか組んで近くで見たい」

 女子だけではなく男子からも賞賛の声が上がっている。
  へえ……、颯斗って凄いんだな。

 会場が静まり返った所に矢の音が鳴り響き、スパン!と的の真ん中に当たった。
 ……かっこいい、かっこよすぎる。
 心の中で応援しながら放たれていく矢と颯斗を交互にじっと見つめていた。



「以上で第六十五回ーー……」

 大会が終わり、ぞろぞろと流れる人の波に合わさるようにして出口に向かって歩く。スマホを見ると颯斗から連絡が入っていた。

 ーーーーもう帰っちゃった?
 ーーーーまだ残ってたら一緒に帰りたい!

 嬉しさをかみ締め、〝会場出口で待ってるね〟とスタンプと一緒に返すと、邪魔にならないように隅の方で出てくるのを待った。

 自分が立っている少し先の方に女子達が出待ちしているのを見てはっとする。……これ、もしかして颯斗待ちとかじゃない、よな?いや、……出待ちっぽい気がする。

「差し入れとかほんとはあげたいよね~!」
「でも、絶対に貰わないって有名じゃん! ほら、ひとりから貰うと……とかなんとか」
「そうそう! そういう所も推せる……」

 ……そっか、そういうもんだよな。
 実は自分も差し入れを持ってきていた。見に行きたいと言っておいて、何もないのも……なんて思っていたら、母に〝胃袋を掴まなきゃ!〟なんて背中を押され、昨日の夜準備したのだ。ちなみに母は、俺が颯斗に対して好意を持っているのを知っている。最近の楽しそうな雰囲気を察されバレてしまった。幼馴染にも直ぐに気づかれたし、女の勘っていうのは怖い。

 颯斗って、そういう所ちゃんとしてて偉いな。本当は渡したいけど……渡せなかったら家で母さんと食べよう、なんてスマホを見ながら待っていると、黄色い声が飛び交いだしたのに気がつき、目線を上げる。
  同じ部活の仲間であろう人達と一緒にぞろぞろと歩いてくる姿が目に入った。

「そして一瞬にして捕まってる……」

 え、あそこから声かけられるとか無理じゃない?気まづくないか……?
 少し待って考えてみたがやっぱり気になってしまうので、颯斗がいる方に背を向けそっとその場を離れ歩いてゆく。

  後ろから段々近づいてくる足音に振り返ると、ぱっと腕を取られた。

「わっ!」
「っと~! 歩いていっちゃうから帰っちゃうかと思った!」
「……俺のこと気づいてた?」
「うん。あそこから出てきて一瞬で分かったよ」

 こんなに周りに人がいるのに俺に気づいてくれたの?なんて、恥ずかしいので聞ける訳もなく、緩みそうになった口元に力を入れる。

「部活の人とかファン? の子とかいるのにあれかなと思って、もう少し離れて待ってようかなと……」

 颯斗に触れられた所からじわじわと熱くなっていくのが分かる。あの距離で見ていた袴姿でいざ目の前に来られると、かっこ良さの破壊力に目を瞑りたくなるもんだ。

「え、目瞑ってどうした」
「ちょっとまあ、眩しくて……」
「日射しそんなに強い?」
「物理的なあれじゃなくてこっちの話だから気にしないで」
「……? そう? じゃあ帰ろ~」
「もういいの? 向こうで待ってるよ?」
「大丈夫、後は他のやつに任せたから」

 ちらっと向こうを見ると、部員の人達がこっちに向かって手を振っている。颯斗は「じゃあなー!」といって振り返すと、隣に並んで一緒に歩き始めた。


「試合中、瑞希がどこにいたのか分かった」
「え? あんなにギャラリーいたのに?」
「引き終わった時にぱって見たらいた」
「あれ、俺、目合ってた?」
「ううん、隣の人と話してた」
「ああ、なんか隣の人が鞄落として中身ばらまいちゃってーー」

 いつもの通学はあっという間で毎日凄く惜しいのに、毎朝の十二分より遥かに長い帰り道でも足りなくて、このままだったらいいのになんて欲が出てしまう。

「初めて見たけど凄いね、面白かった!」
「よかった! 見に来てくれてありがとな」
「颯斗凄いかっこよかったよ」
「それは……ありがとう」
「あれ、照れてる?」
「てっ、照れてねーし!」


 話していたらあっという間にいつもの駅に着いてしまった。
 あ、差し入れどうしよう。貰わないって言ってたけど渡していいのかな。……やばい、渡すだけなのに緊張してきた。

「颯斗っ! ……あの、さ」
「うん?」
「実は……これ、渡そうと思って持ってきたんだけど」
「なになに?」

 そっと颯斗の前に差し入れが入った紙袋を差し出すと、首を傾げてその中を覗いている。

「差し入れ持ってきたんだけど、こういうの受け取らないって聞いたから、渡したら悪いなと思ってたんだけど……えっ、と……」
「え? なんで? もらうもらう! いいの?」
「っえ、あ、うん」
「瑞希がくれるのは欲しい! ってか、めっちゃ嬉しいんだけど! ありがとな~」

 ニコニコと満面の笑みを向けられた。心臓が惹かれるようにトクトクと小刻みに音を鳴らして、指先が静かに痺れる。
 〝俺のは〟貰ってくれるんだ。……って言うか、〝瑞希がくれるのは欲しい〟ってなんですか。……ズルくないですか?

「ちょっとそこ座らねえ?」
「う、うん」
「うわ! なんかすげえ美味そうなの入ってる」
「口に合わなかったらごめん。っていうか、手作りとか大丈夫だった?! 」
「え?! これ瑞希が作ったの?!」
「母さんが料理とかこういうの好きで昔から一緒にやってたから、実はお菓子作りが得意でして……」
「すげー! めっちゃいいじゃん! いただきまーす!」
「部活終わりにこんなので申し訳ない……」
「なんで? 俺、疲れた後甘いもの食いたくなるからめっちゃ嬉しい!」
「ちなみにその下にお決まりのレモンの砂糖漬けもあります……」
「天才」

 ……美味しそうに食べるなあ、嬉しい。
 颯斗の人の良さは仲良くなって数ヶ月だが十分と言うくらい分かる。学校でもこんな感じなのかな。友達にこんな感じで接してるのかな。こんなにキラキラした人がいたらみんな好意抱いちゃわない?女の子が近くにいないだけマシなのかな?……いや、俺みたいに颯斗に惹かれる男もいるだろうな。

 ……俺はね、颯斗がいつも真っ直ぐ言葉を伝えてくれるから、その度に〝瑞希は特別〟みたいに聞こえて期待したくなくてもしちゃうんだよ。今までこんな気持ちになったことないからさ、颯斗のこと考えるだけで 胸がいっぱいいっぱいだよ。

 颯斗の満足そうな顔を見つめながら、駅のホームで暫く話をした。