――幕間


「ねえ、何で人間を食べてはいけないわけ?」

「なんでって……それはたぶん……」

「たぶん?」

「人が、食べるために人を殺してしまわないように……じゃないかな?」

「それはへんよ」

「へんかな?」

「だって、そもそもが殺人が罪であることは絶対なわけで、だったらわざわざ人肉食を犯罪にする必要ないわ。なにか特別な飢餓的状態に陥った場合にしたって、おそらくその場合は特別な措置として人肉を食べたとしても罪には問われないと思うわ。
 いいえ、そもそも、それほどの飢餓状態であるならば、たとえ後で罪になろうとも空腹を満たすための行為を選択したとして不思議ではないわ。
 人肉食が禁忌だという考え方は、結局のところ、文化的、宗教的な一つの観念でしかないわけよ。ひとは勝手に食人習慣を残虐な行為だと先入観だけで勝手に決めつけて、勝手に禁忌扱いしているだけなのよ」

「まあ、たしかにそう言われればそうかもしれない。中国をはじめ、世界のいたるところで近年までカニバリズムが行われていたという事実はあるし、縄文時代、日本の大森貝塚を発見したモースは縄文人がカニバリズムを行っていたと説いている」

「そう、所詮は文化の問題でしかないわけ。問題は、いざという時に人肉を食べることで生き延びるという選択肢を人類から奪ってはいけないんじゃないのかなってあたしは思うわけ。
 過酷な状況の中、人肉を食すことで生き残ることができたとしても、そのことで後生罪の意識にさいなまれなければならないというのはどうかと思うわけ。
 ましてやそれを行って生き延びた人間を、他人が非難することは絶対にあってはならないことだと思うわけ。
 生きるということは、他の生き物を食べるということなのだから……」

「……」

「ねえ……」

「……なに?」

「あたしのこと、食べてみたくなった?」

「エッチな意味でなら……いつだって食べたいと思ってるけど……」