――終幕
 

「アタシはもうじき死んでしまうのに、何でいまさらながらにゴハンを食べているのかな? だってそうじゃない。アタシが今、こうやってゴハンを食べなければもっと長くいきられた命があるってことでしょう?」

「それを言うなら、僕だっていつかは必ず死ぬわけだし、君が今食べなかったことでもう少し生きながらえた命だっていつかはかならず死ぬさ。その時間がちょっと長いか短いかというだけの話」

「そう、ちょっと長いか短いかだけの話。アタシがこの世に何を残すでもなく死んでいったとしても、どうせ人類はいつかは消えていなくなる。自分の遺伝子だって同じことで、いますこしつなぐことができたとしても、どうせいつかは途絶えてしまうものなのよね。
 ちょっとだけ長いか、短いかだけの話……」

 僕は、それ以上は何も言わなかった。彼女は黙って、用意された残りの食事を全部平らげた。

「ふう、お腹いっぱい。お腹いっぱいになるとなんだか眠くなってきちゃったな。ゴハンもおいしかったし、今日はぐっすり眠れそう」

 ――ぐっすり眠れそう。

 それがまるで伏線だったかのように彼女はその夜、永い永い眠りについた。最後の最後まで、食べることを愛し、食べられることを祈りながらそっと、わずか二十年ばかりの人生に幕をおろし、あとには彼女の思い出だけが残された。

 彼女の体のすべては灰と化し、天高く昇っていった。

 僕は――

 彼女を食べてあげることができなかった。
 
 わずかに残された彼女の白い骨の一部にかじりつく。
 そのくらいのことはしてあげてもよかったのかもしれない。
 
 たしかに思い出だけは残ったが、子を産まずにこの世を去った彼女は、自らが存在していたという証拠を物質的に残すことはできなかった。

 僕は――

 僕はせめてもの贖罪に、彼女が存在していたという事実を、自分なりの方法で残せないかと考えてみた。

 彼女が、たしかにこの世に存在したという証拠を――