どんな雑用も嫌な顔ひとつせずさらっとこなす小春さんは、僕が社内で出会ってきた女性の中でも、ひときわ稀有(けう)な存在だ。

 でしゃばらず、なんとなく昭和っぽい古風さがあって、小さなルールまでちゃんと守る実直な人だけれど、堅物(かたぶつ)ではない。

 しかし(えん)の下の舞に(はげ)むそんな小春さんを、おもしろくない目で(なが)めている社員がいる。

 僕がこの支店に赴任した翌年に、茨城から異動してきた総務主任の野口さんだ。

 スリムな身体つきでこってりと化粧をほどこし、頻繁(ひんぱん)に長い髪をかきあげる野口さんは、3人いる事務の女性のなかでは最年長の35歳。独身だ。

 仕事は速くて正確、勉強熱心で営業並みの建築知識もあるのだが、人を見下したような言動が多く、ゴシップ好きでかなりクセがある人物だ。

 小春さんのことを「いい子ぶりっこ」だの「あざとい」だのと陰口(かげぐち)をたたいていたと、小耳にはさんだことがある。

 もしも僕がその場にいたら、けっして黙ってなんかいなかっただろう。




 昼休み、コンビニで買ってきた鳥の照焼き弁当をデスクでおいしくたいらげ、給湯室で使用済みのマグカップを洗っていたら、

「ねー、林葉主任、聞きましたぁ!?」

 野口主任がアイラインで黒く(ふち)取った目をランランと輝かせて、すり寄ってきた。
 香水なのか化粧品なのか、僕にはどうしても好ましいと感じられない、甘ったるさと青臭さが混じり合った濃厚な匂いが、プンと鼻をつく。

「な、なんですか」

 苦手意識から、つい一歩あとずさってしまう。

 すると野口主任は、まるで白雪姫に毒入りりんごを食べさせようとしている王妃のごとき、たくらみを秘めた腹黒い顔つきで、

「二宮さん、結婚、するんですって! 来月いっぱいで、寿(ことぶき)退社、するんですって!」

 と朱色(しゅいろ)()りたくったくちびるを、ことさら大きく動かした。

「え……?」

 不意討ちで、ゴッ、と頭突きを食らったような衝撃(しょうげき)にみまわれ、身体の(じく)がかたむきかけた。
 くらりとめまいがする。