青空に向かって高く伸びたトウカエデが、市道のガードパイプに沿って等間隔に点々とそびえる広い歩道の右端を、ふたり並んで歩いていった。
左側は中低層のビルや、歴史を感じる商店が軒を連ねている。
トウカエデ(唐楓)は中国を原産とするカエデの仲間で、葉の切れこみが三つに分かれている特徴がある。それゆえ『三角カエデ』とも呼ばれている。
落葉高木のじょうぶな樹で、新緑や紅葉も美しいことから、よく街路樹に植栽されてきた。
春のこの時季は、濃い緑色がしたたり落ちてきそうなほど鮮やかな葉が、疲れた目を即行で癒してくれる。
小春さんのリードで会話は途切れることなく、気持ち良くつづいた。
「前の支店でも、毎朝早く出社されていたんですか?」
「いや、まあ、早かったり、ふつうだったり……」
転勤初日から早めに出社していたのは、K支店では自分が一番の新入りだから、しばらくは殊勝な心がけでいようと思ったからで、ずっとつづけるつもりはなかった。
でも小春さんと会って、気持ちが変わった。
小春さんに恋人はいないと知って、がぜん思いが強まった。
小春さんは、僕と同じ私鉄路を利用しているという。
朝の時間帯は、だいたい10分刻みで発車している。
僕は引っ越し先を当初考えていた支店に近いK駅の沿線ではなく、今利用している私鉄の終点から二つ目の駅のそばに決めた。
そして小春さんがいつも乗る電車に合わせて、家を出るのが習いとなった。
遅くまで残業した翌日の早起きは、さすがにつらいものがある。
それでも小春さんとおしゃべりしながら支店まで歩く15分の道のりは、何にも代えがたい、至福で満ちた時間になった。
残念ながら会えないときもある。
そういう朝はちょっとしょぼたれて、ひとり寂しくトウカエデの下を歩く。
恋よりいまは仕事第一。恋人にフラれた心の傷を強がりでふさぎ、そうじぶんに言い聞かせて生きてきた。
そんな僕が、小春さんのことをもっと知りたいと思っている。
ただの同僚から、プライベートで会うような、もう一歩踏みこんだ関係になりたい。
嫌われてはいない──と思う。
だけど軽く食事に誘って、もし断られでもしたら──。
想像を超えるダメージを食らい、僕は希望を失って立ち直れないのではないか。
好きだから。
日を追うごとに、どんどん好きになっているから。
心がかき乱されるような激しい思いではないが、これはまちがいなくほんものの恋だから。
小春さんから避けられるのが心から怖くて、アプローチの“ア”の字さえ実行できずにいる。
* * * * *
紺のベストにスカートという制服に着替えた小春さんは、始業の40分前から仕事の準備に取りかかる。
コピー機の用紙補給、FAX受信された文書の整理、ポットに新しい水を入れて沸かす、会議室の掃除、観葉植物の水やり……。
左側は中低層のビルや、歴史を感じる商店が軒を連ねている。
トウカエデ(唐楓)は中国を原産とするカエデの仲間で、葉の切れこみが三つに分かれている特徴がある。それゆえ『三角カエデ』とも呼ばれている。
落葉高木のじょうぶな樹で、新緑や紅葉も美しいことから、よく街路樹に植栽されてきた。
春のこの時季は、濃い緑色がしたたり落ちてきそうなほど鮮やかな葉が、疲れた目を即行で癒してくれる。
小春さんのリードで会話は途切れることなく、気持ち良くつづいた。
「前の支店でも、毎朝早く出社されていたんですか?」
「いや、まあ、早かったり、ふつうだったり……」
転勤初日から早めに出社していたのは、K支店では自分が一番の新入りだから、しばらくは殊勝な心がけでいようと思ったからで、ずっとつづけるつもりはなかった。
でも小春さんと会って、気持ちが変わった。
小春さんに恋人はいないと知って、がぜん思いが強まった。
小春さんは、僕と同じ私鉄路を利用しているという。
朝の時間帯は、だいたい10分刻みで発車している。
僕は引っ越し先を当初考えていた支店に近いK駅の沿線ではなく、今利用している私鉄の終点から二つ目の駅のそばに決めた。
そして小春さんがいつも乗る電車に合わせて、家を出るのが習いとなった。
遅くまで残業した翌日の早起きは、さすがにつらいものがある。
それでも小春さんとおしゃべりしながら支店まで歩く15分の道のりは、何にも代えがたい、至福で満ちた時間になった。
残念ながら会えないときもある。
そういう朝はちょっとしょぼたれて、ひとり寂しくトウカエデの下を歩く。
恋よりいまは仕事第一。恋人にフラれた心の傷を強がりでふさぎ、そうじぶんに言い聞かせて生きてきた。
そんな僕が、小春さんのことをもっと知りたいと思っている。
ただの同僚から、プライベートで会うような、もう一歩踏みこんだ関係になりたい。
嫌われてはいない──と思う。
だけど軽く食事に誘って、もし断られでもしたら──。
想像を超えるダメージを食らい、僕は希望を失って立ち直れないのではないか。
好きだから。
日を追うごとに、どんどん好きになっているから。
心がかき乱されるような激しい思いではないが、これはまちがいなくほんものの恋だから。
小春さんから避けられるのが心から怖くて、アプローチの“ア”の字さえ実行できずにいる。
* * * * *
紺のベストにスカートという制服に着替えた小春さんは、始業の40分前から仕事の準備に取りかかる。
コピー機の用紙補給、FAX受信された文書の整理、ポットに新しい水を入れて沸かす、会議室の掃除、観葉植物の水やり……。