トホホ、と(なげ)くようにしぜんな形の眉尻(まゆじり)を下げ、くしゃっと顔をくずして笑った。

 やんわり細めた彼女の目のなかに、(うそ)のない心根(こころね)のやさしさがほの見えた気がして、僕はにわかに好感をいだいた。

「あのー。つかぬことをおうかがいしますけど……、もしかしたら林葉主任は春生まれではないですか」

 横断歩道を渡りはじめたとき、横を歩く小春さんが遠慮(えんりょ)がちに()いてきた。

「あー、そうですけど。あ、名前に春の字が入ってるから?」

 僕の名前は“春也(しゅんや)”だ。
 ソメイヨシノが満開の時期に誕生したことから、両親がどうしても次男の僕に、『春』の字を入れて命名(めいめい)したかったのだと聞いている。

 ちなみに夏生まれの兄貴は夏生(なつお)だ。
 
「じつは……わたしも春生まれなんです。それで小さい春って書いて、『小春』って名前がつけられたんですけど。“小春日和(こはるびより)”の小春から取って……」

 小春さんの話に、ん? と引っかかりを覚え、

「あれ?小春ってたしか……10月か11月のことじゃ……」

 ひょっと口をはさんでしまった。

 すると小春さんは急にオクターブを上げて、

「そう! そうなんです! もしくは『冬のはじめの春に似た温暖な気候』って意味があるんですっ。
 わたし、ちゃんと辞書で調べました!
 でもわたしの両親は、“小春日和”って春のあったかい日のことだってずっと(かん)ちがいしてて……。ほんっと、()ずかしいです……」

 そうこぼすと肩をすぼめ、世にも情けなさそうに口をへの字に曲げて、弱々しく笑った。

「ぷっ!」

 こみあげるおかしさをこらえ切れず、僕はつい()き出してしまった。
 マズい、とあわてて弁解に走る。

「いや、すみません! 誤解しないで下さい。笑ってしまったのは悪い意味じゃなくて、なんかユーモラスなエピソードでいいなーって、心がほんわかしたからで……。
 意味や読み方をまちがえて覚えてる言葉って、誰でもありますよ。僕だって料理の『出汁(だし)』って漢字を、『でじる』って読んでたんですから。
 大学の友だちなんて“むせび泣く”ことの『嗚咽(おえつ)』って熟語を“吐き気がして嘔吐(おうと)する”って意味だと思いこんでたし。
 酔っぱらったとき『飲み過ぎて嗚咽するー!』なんてわめいてたけど、みんな意味がわからなくて、ぽかんとしちゃって……」

 とっさにバラした(あか)(ぱじ)のネタを、小春さんは左の(にぎ)りこぶしを口もとに寄せて「ふはっ!」と無邪気(むじゃき)に笑ってくれた。

 その反応にほっとしたのはもちろんのこと、なんだかちょっとした手柄を立てたようなうれしさと充実感が、じわっと胸をあたためた。