ひそかに想いを寄せている人がいる。

 職場の同僚(どうりょう)で、僕よりふたつ下の28歳。

 二宮(にのみや) 小春(こはる)さん、という。

 思い返してみれば彼女と出会ってから、かれこれ3年半の年月(としつき)が流れている。

 なのにいい年をして勇気が持てず、食事に誘うことすら───────

 一度もできていない。


 * * * * *
 
 
 ()みあった朝の駅の改札を出て、大通りの横断歩道前で信号待ちをしていたら、

林葉(はやしば)主任。おはようございます」

 こころよい響きのやわらかな声が、すぐうしろから聞こえた。

 毎度のことながら、僕のなかでパンッ!と歓喜(かんき)のクラッカーが鳴り、胸を波立たせる。

「あ、おはよう」

 さあらぬ顔で首をねじ向けて、ななめうしろに立つにこやかな表情の小春さんに挨拶(あいさつ)を返した。

 やった。今朝も小春さんに会えた。

 小躍(こおど)りしそうな喜びをセーブするのが難しくて、ひとりでに(ほお)がゆるんでいく。

「今日は秋晴れの天気になるらしいですね」

 レースをかけたような薄水色を広げる空を細目にして見あげ、小春さんはいつものように、天候の話題のトスを上げた。

「そうだね。いやぁ、どっか遊びに行きたくなっちゃうよね」

 僕はいつものように、うなずきながらレシーブを返す。

「林葉主任はどこに行きたいですか」

「え。そうだなぁ。これといってどこって思いつかないけど、景色のいいところでぼーっとしてたいかなぁ。……二宮さんは?」

「わたしですか? んー。お弁当を持ってピクニックとか、してみたいですね。最近、自然に()れてないですし」

 ゆったりしたテンポの話しかたで、小春さんが答える。
 それがとても心地よくて、朝からほのぼのした気分に誘われるのだ。

「ピクニックかぁ。いいね。そう言われてみれば、僕も自然に触れてないなぁ。ちょっと足を伸ばせば、川だの山だのがある環境にいるのにね」

 職場まで歩いて15分。そのあいだ小春さんと僕は、こういったとりとめのない話をずっと交わしている。
   
 小春さんは万人(ばんにん)が認める美人とか、かわいいとか、わかりやすく人の目を引きつけるタイプではない。

 中肉中背。すっきりと(ひたい)を出した面長(おもなが)のちいさな顔のなかに、ちょっと離れ気味のつぶらな目と小ぶりな口、どちらかというと“低い”にカテゴリーされる鼻がおさまっている。

 メイクは近くで見なければ、しているのがわからないほど薄めだ。

 胸もとまであるまっすぐな黒髪を、襟足(えりあし)のところできっちりひとつにまとめていて、清潔感は抜群(ばつぐん)

 通勤着は定番なデザインの、落ち着いた色合いのものがほとんどだ。