「和くん、和くん、これ見てみろよー」
 敬二が俺の首に腕を回した。
「いってえなあ! やめろよ、敬二!」
 俺が敬二の腕を振り払うと、敬二はしょんぼりと叱られたうさぎのようになった。
 俺ははっとする。周りの視線とひそひそ話が俺を突き刺した。
 いかんいかん。ここは学校の廊下。他の生徒もいるからな。家とはわけが違う。
 俺、竹内和とこいつ上田敬二は幼馴染みだ。家がお向かいさんで年も同じだったため、物心ついた時から一緒にいる。
 敬二は小さい頃からうさぎみたいな奴だった。おどおどびくびくきょろきょろして、いつも俺の後をついてきた。俺が他の奴と遊んでいても「和くん、まーぜーて!」と常に混ざってくる。「ついてくんなよ」と言っても「やーだーよー」と言って必ずついてくる。
 つまり、懐かれていた。
 そんな敬二を俺は突き放せないでいた。俺は兄貴が二人いて、いつも小突かれていた。だから敬二の兄貴分でいるのが嬉しくもあったのだ。
 そんな関係が少しずつ変わってきたのは、俺たちが中学に入った頃だった。
 敬二は背がぐんぐんと伸びた。そして中三になる頃には百八十センチまであと一センチというところまで伸びた。
 うさぎみたいだとかわいく思っていた顔は、甘さを残したまま精悍になっていき、つまり女子たちに騒がれるイケメンになった。
 対する俺はどうだ。成長が遅く、身長はまだ百六十五センチ。そう、まだ、だ、多分。ここ最近止まっている気がするが、まだ高二だ、伸びるはず。
 顔はまあ我ながら普通だと思うが、幼い頃からゲーム、アニメ、漫画に傾倒していたせいで目が悪くなり眼鏡キャラだ。優等生眼鏡キャラではない、女子たちに「オタクキモい」と言われる系統だ。直接言われたことはないので被害妄想かもしれないが。
 そんな俺と敬二は一緒にいると浮く。よくても俺が引き立て役。
 だから俺は高校入学を機に敬二と距離を置くことにした。優等生キャラにはなれないので眼鏡はやめてコンタクトにした。オタク臭は隠し通した。その努力のかいあってか多少はましになったようで、女子ウケも悪くはなくなった。いわゆる高校デビューってやつだ。 それなのに、こいつはいまだに俺のあとをついてくる。
「和くん、この漫画好きだって言ってたから見せてやろうと思ったのに」
「うわあー!」
 俺は敬二の声をかき消そうと大声を出した。また周囲の視線が痛い。
 はっきり言って迷惑だ。
 俺がピンでいれば、それほど背の低さも顔の十人並みさ加減も目立たないのに。
 俺ははっきり言って女の子にモテたい。
「なあ、和くん、和くん」
 俺はジト目で敬二を見上げた。
 こいつにモテても全く嬉しくない。
「その漫画、学校終わったらうちに持ってこいよ」
 でも漫画は読みたい。
「おう!」
 敬二は嬉しそうに満面の笑顔を見せた。女子たちがつられて微笑んでいる。まあその気持ちもわかる。
 かわいいもんな、こいつは。