6月16日。
朝。
俺は食堂に東峰を引き連れて、朝飯を食いに行った。
今日もふつーにうるさい東峰。
さっさと飯食って黙らせねーと。
したら、珍しく早めに起きてきたであろう橋本が東峰の前に座った。
これがいつもの光景。
何事もなく今日が始まるんだなと思った瞬間、
「なぁ、お前、俺のこと好きって本当?」
「はい。本当っす。」
「へー、どのへんが?」
「えーどのへんがって言われても。」
「その好きは恋愛的な?」
「そうっすね。」






目の前で繰り広げられるこの意味不明な会話を理解できたやつはここにはいないだろう。
みんな、聞く勇気もないし、けど気になる。
若干みんな前のめりになってて、あしがプルプルしてる。
野球部男子高校生がここいらでプルプルしていいのだろうか。
いや、言い訳ない。
お前ら、無駄なあがきはやめろ。
自分の醜態を無事にさらすだけだぞ。
この中で一番落ち着いているのは自分かもしれない。
どこかわかっていたことがあったんだろう。東峰が橋本のことが好きだということを。
いや、わかっていたんだ。けど、話す気もなかったし、どこか嘘でいてほしかったと願っていたのかもしれない。
一後輩として、ルームメイトとして、そして、チームメイトとして。
少なくとも、俺の中での一番の後輩といったらこいつだろう。
だから、気にかけるのは必然だった。
こんな道に進ましていいのか、修羅の道だ。こいつが歩もうとしている道は。
俺が気付いたとき、こいつは入口にいて、看板を読んでいるときだったんだろう。その時、危険だからやめておけと声をかけてやればよかったのか。こいつのためになったのか。
そんなの、どちらがいいかすぐにわかる。
伊達に2年の生活をともにしていない。
こいつは、一度決めたことは後戻りも、後ろを振り返りもしない。
だから、いかせた。
いかせた。なのに、その結果がこれだ。
橋本と言う男は、人の心がないのだろうか。
いや、もともと飄々としている性格の悪い奴だった。
けど、どこか頼れるところがあった。
そういう面を見て、一時でも安心した俺が馬鹿だったのだろうか。
けど、こいつは普段こんなことはしない。
たとえ性格が悪かろうが、人に嫌われようが、こんな無神経なことはしないやつだ。
なのに、なぜこいつは急に、しかも試合前に言いだしたのだろうか。
俺がこいつを過信しすぎただけだろうか。
いや、こいつらのことごちゃごちゃ考えてどうすんだよ。
なにもかわんねぇだろ。
そう頭を切り替え、朝ご飯に集中した。




「なぁ」
「びびっっった...。なんだ、日車か。」
「ああ゙ぁ?んだ?おれじゃ悪かったって?」
「んなこと言ってないじゃん。良くないと思う。被害妄想。」
「うるせーブサイク。」
「えーひどくね?これでもブサイクって言われたことないんだけど。」
「お情けだろ。」
「ほんとになくよ????」
「ま、そんなことはおいといて、」
「ねぇ、マジで泣くよ?大声デサ。」
「うるせぇ、で?なんであそこで話を切り出した。」
「え、この流れで聞く?」
こいつとのおふざけなんて今はどうでもいいんだよ。
「んー、単純に気になったから。」
「ちげーよ、場所考えてなかったんかって聞いてんだよこっちは。お前、確かに性格は悪いけどそういうのは守るだろ。」
「随分と俺を過信してみてるようで、日車くん。そんな世の中甘くないんですよ。」
へらへらしてて、相変わらずいけすかねぇ感じだ。
いつも一枚上手な感じがする。
「アイツのこと、なかせんじゃねーぞ。」
そう吐いたことばを、あいつはどう思ったのか固まっていた。
「お前と山井はほんとに東峰のこと気にかけてるよなぁ。」
「は?山井?」
「さっきさ、山井に問い詰められてさ、」
向き合うならちゃんと向き合って下さい。あいつと。半端な気持ちで突き進める道じゃない。
「って、言われたんよね。」
「はっ。後輩に怒られてやんの。」
「甘いよな、お前ら。」
「いや、俺と山井は違うだろ。もっとあいつの感情は複雑だろうよ。」
「そうか?」
「相変わらず人の感情を察するのは下手なようだな。」
「うっせぇ」
甘いのは許してほしい。
俺の生意気な弟みてぇーなもんだからよ。




8月20日。
俺達は負けた。
甲子園に。
悔しい、悔しい。
そればかり、言ってられなかった。
すぐにでも気持ちの切り替えを。
そう思っていた矢先、橋本が目に入った。
こいつは、甲子園に敗れた日も、泣き言も涙も、これっぽっちも零さなかった。
こういうところが、大人なんだろう。
そんなやつに、少しかっこつけにでも行こうとしたところで、おれは見たんだ。
あいつが下を見てたのを。
見たことのない目をしていたところを。
目線の先には、東峰。


何となく、理解できたのだ。
こいつは、きっと東峰が好きなのだろうと。
それと同時に、戸惑いも生まれた。
こいつは、何をしたいのだろうか。
いったい。
理由が見つからなかった。
聞いたんだ俺は。
「てか、そんなこと聞いてくるってことは...」
本当に好きなんか、あいつのこと。
って。
そしたら
「っていったらどうする?」
なんて口走りやがる。
3年も一緒にいて、こいつはよくわからないんだ。
けれど、唯一、俺がしっているこいつの秘密は。
こいつの好きなやつのことだった。


俺が橋本爽斗の好きなやつをしっているのは、俺が心のなかにとどめている、一番の秘密だった。