6月8日。
ある休み時間の出来事だった。
「なぁ。山井」
「んぁ?」
「俺さ、橋本先輩のこと好きなんだわ。」
「ほぉーん。」





え?
今言います?飯食ってますよ、お互いに。
しかも、結構周りに人いますよ?
わかってます?今自分がぼんな状況でどんな大変なことを口走ったか。
理解してます?
なんとか平常心で「ほぉーん」なんか口走ってしまったがものの、あいにくゼんっぜん平常心じゃないのですが???????
今日、焼きそばパンゲットできて浮かれてたのにー。
味がしねぇってまじで。
おいおいおいおい、叫びてーってまじ。
今言うか?って。
いや、しかも、相手が橋本先輩だぞ。
日車先輩じゃなくて?
おまえ、いっちょ前に懐いてたじゃねーか。
それとはまた違うってか。
「何も言わねぇーんだな。俺が男を好きになったって言っても。」
「あー確かに。」
俺は、男を好きになったことに驚いているわけではない。
どっちかというと、相手が橋本先輩だということに驚いている。
「別に、お前は男が好きってわけじゃなくて...ぅぁ、なんつーか、あれだろ?その橋本先輩だから好きってわけだろ?だったらまぁべつにいいんじゃねーか?まぁ、べつにお前が下からの同性愛だろうがなんだろうが別にお前はおまえだろ。恋愛っていうカテゴリーにおいて、俺らの認識が転換しただけだよ。」
これが俺の本心。
いや、ちょっとカッコつけたかも知んねぇ。
「どんと構えてんなぁおまえ。」
「それを言うならお前もだろ。こんな誰かに聞かれてもおかしくないところで公開告白って。びびったぜ。」
すまんすまんと笑いながら言う東峰。ゼッテー反省してねぇぞこいつ。
「で?」
「ん?」
いや、ん?じゃないのよん?じゃ。
「それを俺に言ってきたわけは。」
「ない。」
「ないか。」
そうだよな、言いたくなっただけだよな。
そうかそうか。
「なに、告白でもすんの?」
「どうしよっかなー。」
「真面目に考えろよ。重要だぞ。」
呑気な東峰をみて、だんだんどうでも良くなってきた。
「お前はどうしたいの?やっぱ付き合いたいの?」
「えー...」
難しい顔をして考え始めた。

「別に、そういう欲はないんだよなぁ。好きってだけなんだよ。」
「それってほんとに恋愛感情か?」
「ああ。」
こういう感性の人もいるにはいるんだろう。
好きってだけ。
付き合いたいわけではない。
付き合ったって特になにも関係が変わらないままがいい。
こいつも、そういう感性。
けど、なぜか不安だった。
「嫉妬とかもない?」
「ないなぁ。」
「高橋先輩が他の付き合ってたら?」
「うーん。」
よくわからない。
けど、多少モヤッとするらしい。
いやわからん。
嫉妬はしないのに、なぜここに対してモヤッとするのか。
付き合いたいと思わないのか。
こいつのことはいまだによくわかっていない。



6月16日。
「なぁ、お前、俺の事好きってほんと?」



急に橋本先輩から発せられたことば。
短い言葉だったのに、脳が飲み込むまで10秒も時間を用いてしまった。
ここは食堂。
皆いる。
しかも、いま皆はお通夜並みに黙ってる。
もれなく全員に聞こえただろう。
中にはフリーズしているものもいる。
ちなみにそれは俺も同類。
けど、しっかし...




橋本先輩クソすぎんだろ。
なんでここで聞く。
なんでこのタイミングで聞く。
東峰に同情する日が来るとはゆめにも思わなかったぞ。
おいおいおい。
東峰、おまえ、こんな男が好きなのか?
これをきに少し考え直せ。
もう少しまともな人がいるってものよ、この世の中。
いや、これをどう返すか、うちのエース東峰。


「はい。本当っす。」
「へー、どのへんが?」
「えーどのへんがって言われても。」
「その好きは恋愛的な?」
「そうっすね。」


いや軽くない?
もう少しさ、ごまかすとかさ、なんでわかったのかさ、いろいろとさ。
聞こうよ、ちゃんと。
みんなもうついていけてないよ。
そしてさ、二人とも。
何事もなかったかのようにご飯食べ始めるのやめようか。
おいおいおいおい。
脳内ツッコミが追いつかないぜ。
謎に周りの先輩たちも食べ始めてるし。
え、もう忘れました?
たった数分前に起こった出来事を。
オレ以外の殆どがご飯を食べ始め、俺がおかしいのかと戸惑っていたところに。
「大丈夫だよ山井くん。みんな、混乱を落ち着かせようとご飯にすがってるだけだから。」
「入野...。それをきいて安心したわ。助かった。」
俺が、多少大げさなお礼をしたことで、入野を更に困らせてしまった。
申し訳ない。





「橋本先輩。」
「んー?どうしたー山井」
「なんで。」
なんで東峰が先輩のこと好きだってこと知ってるんですか?
俺が一番気になった。
俺等が話してたのは教室だ。
教室の誰かなら聞いてる可能性が高い。
けど、現時点で橋本先輩と女子との接点は0と言っても過言ではない。
ひたすら気になった。
この人は、なぜ知っているのか。
「さぁな。風の噂ってやつ?」
こういう飄々としているところが掴みづらく、俺はどうもいけ好かない。
「どうするんですか、これから」
「どうするもこうするも、なにも「好きなんですか。東峰のこと。」

「普通かな。」
その回答すら、今は建前にしか聞こえない。
「向き合うならちゃんと向き合って下さい。あいつと。半端な気持ちで突き進める道じゃない。」
「こわいなぁ」
そんな先輩をよそに、俺はグラウンドにはしっていった。
もう、あいつが練習を始めている。


俺が橋本爽斗を嫌いなのは、俺が心のなかにとどめている、一番の秘密だった。