8月20日
俺達の夏は終わった。
あっという間で、あっけなく終わった3年間、されど3年間だ。
2年の頃、ようやく掴み取った2番という背番号。
その番号は、当時の俺を奮い立たせるには十分すぎた。
今年も、その番号を背負ってマウンドに出た東峰祐樹という、エースと共に。
あいつは、俺が正捕手になったとき、いわば2年の時入学してきたやつで、最初は、ただただうるさいやつだった。
けど、エースになりたい。
その一心でひたむきに前に進んでいるあいつに、おれがこいつと同い年だった頃と同じものを感じた。
こいつが晴れて一番をもらった日には、どんな顔をしてくれるのだろうと。
現実は、実にうるさく、やかましかったが。
「お」
ガラガラと盛大に音をたてながら、ドアをあけ、こちらに向かってくるのは
「んだよ。ここに居たのか。監督から伝言。明日から〜...って、聞いてんのかよ。」
「いや〜?」
「何見てんだ?」
俺の視線の先にあるものが気になったのか、窓の下をのぞきに来る、同じ部活。同じレギュラー。同級生の日車くんだ。
「ああ。東峰か。相変わらずうるせぇ」
ケラケラと笑いはじめる。
体育なのか何なのかはよくわからないが、ただただあいつの元気でうるさい声だけが聞こえる。
「あいつよ、甲子園から帰って来たあと、ずっと静かだったんだよ。ガラにもなく心配しちまったじゃねーか。」
案外大丈夫そうだな、あいつ。
「相変わらず良く見てんな。」
「まぁ同室だしな、弟みてぇなもんだからよ」
そういうもんか。
「しっかし、まあ」
終わっちまったなぁ。
夏。
「まだあちぃけどな。」
「そんな現実的な話じゃなくてさ。」
「まぁでも、まだまだこれからだよな。おれはプロ目指してっから一息もつけねぇよ。」
「でも、悔しいだろ?」
「まぁ、悔しい。」
こいつはそういうやつだと思う。
後輩の前では気丈に振る舞って、自分の気持は抑える。
少なからず憧れるものもいる。
「お前は?」
「ん?」
「お前は悔しくないのかって聞いてんだよ。」
「うーん」
どうなんだろうな。
「はっ。かっこつけんな。悔しいなら今のうちに吐き出しとけよ。後々きついぜ?」
「はは」
そうだろうな。
「けどたしかにな、あいつ、東峰。お前よりも悔しそうだったよな。」
それに比べてお前は呑気に空仰ぎやがって。
しょうがねぇだろ、
「どうすんだよ」
「なにが」
「返事」
「誰の」
「はっ。わかってるくせに。たちわりぃな」
そんなに悪態つくことあるかな、普通。
「返事も何も、告白されてないからな、俺。あいつが、あいつ自身何をしたいかいまはわかんねぇしよ。」
「まあ確かにそうだけども。」
俺は決して告白されたわけではない。
ただ、あいつが俺のことを好きだということを素直に頷いただけなのだ。
「でも、今のままじゃただの生殺しじゃねぇか。もしあいつが、他の女好きになってみろ。このままじゃお前に一生縛られていくようなもんだぞ。それでもいいのかよ。」
「縛りか。痛いとこつくね。」
「お前があいつと付き合う覚悟がないなら人思いに振っちまえ。」
「辛辣だなぁ。日車くんは。」
「たとえ嫌われようが恨まれようが、それが一番いい方法ならおれは喜んで振る。」
どうしても付き合えない場合はな。と付け足される。
「同い年とは思えないくらい男前だな、お前。」
「今はそんなの関係ねぇだろ。」
「まぁそうか」
でも、
そうでもないんだよなぁ
「なぁ」
“お前がそんなにきにかけんのってさ、東峰がいるから?”
その音が、嫌に教室に響いた。
脳がうまく読み込めなかったのだろう。
10秒ほどの静寂が続く。
「それもある?かもしんねぇな..」
「ふーん。」
じゃあさ、
「お前あいつのこと好きなの?」
あ、恋愛的な意味でね、と付け足す。
本日2度目の沈黙。
「は?」
「え,いや、えあ、えぁは?えナニ、オレが?東峰を?え、いやいやいやいやい、ないないないないないない。」
バカでかい声で否定する日車。
「いや、そりぁ、多少気にかけてはいるけどよぉ、さっきも言って通り、弟?とかそういう感じなんだよ!!!!!!!!全然そんなんじゃねぇーから!!!!」
「ちょ、必死過ぎて逆に。」
「あやしむな....」
もう力尽きたかのように、呆れながら放たれた言葉。
そうか。
〇〇〇〇
「あ?!なんて?!」
「いや、何も言ってねぇよ。」
「なんか言ってた気配がしたんだよ。」
「どんな気配だよ、それ...。」
そりゃ、心のなかでは思ってたけどよ。
それすらお見通しってか。
「てか、そんなこと聞いてくるってことは...」
本当に好きなんか、あいつのこと。
「っていったらどうする?」
かまふっかけるか、多少。
「「......」」
しばらく様子の見合いがおこっていたが、日車が息を吐いたことで中断。
「やめたやめた。突っ込むのも色々とめんどくさそうだし、よくよく考えてみればオレが気にすることでもねぇーしな。」
「そういうところスキよ、日車くん。」
「はいはい。いっとけいっとけ。」
ふと、空を見てみた。
青というより、碧。
雲というより、霧。
「やっべ、監督に呼ばれてんだよ。オレ。」
逃げ出すようにこの教室から消えてった。
その後ろ姿を目で追ったあと、もう一度空に眼を向けた。
俺が東峰を好きなことは、野球部の誰も知らないことだ。
俺達の夏は終わった。
あっという間で、あっけなく終わった3年間、されど3年間だ。
2年の頃、ようやく掴み取った2番という背番号。
その番号は、当時の俺を奮い立たせるには十分すぎた。
今年も、その番号を背負ってマウンドに出た東峰祐樹という、エースと共に。
あいつは、俺が正捕手になったとき、いわば2年の時入学してきたやつで、最初は、ただただうるさいやつだった。
けど、エースになりたい。
その一心でひたむきに前に進んでいるあいつに、おれがこいつと同い年だった頃と同じものを感じた。
こいつが晴れて一番をもらった日には、どんな顔をしてくれるのだろうと。
現実は、実にうるさく、やかましかったが。
「お」
ガラガラと盛大に音をたてながら、ドアをあけ、こちらに向かってくるのは
「んだよ。ここに居たのか。監督から伝言。明日から〜...って、聞いてんのかよ。」
「いや〜?」
「何見てんだ?」
俺の視線の先にあるものが気になったのか、窓の下をのぞきに来る、同じ部活。同じレギュラー。同級生の日車くんだ。
「ああ。東峰か。相変わらずうるせぇ」
ケラケラと笑いはじめる。
体育なのか何なのかはよくわからないが、ただただあいつの元気でうるさい声だけが聞こえる。
「あいつよ、甲子園から帰って来たあと、ずっと静かだったんだよ。ガラにもなく心配しちまったじゃねーか。」
案外大丈夫そうだな、あいつ。
「相変わらず良く見てんな。」
「まぁ同室だしな、弟みてぇなもんだからよ」
そういうもんか。
「しっかし、まあ」
終わっちまったなぁ。
夏。
「まだあちぃけどな。」
「そんな現実的な話じゃなくてさ。」
「まぁでも、まだまだこれからだよな。おれはプロ目指してっから一息もつけねぇよ。」
「でも、悔しいだろ?」
「まぁ、悔しい。」
こいつはそういうやつだと思う。
後輩の前では気丈に振る舞って、自分の気持は抑える。
少なからず憧れるものもいる。
「お前は?」
「ん?」
「お前は悔しくないのかって聞いてんだよ。」
「うーん」
どうなんだろうな。
「はっ。かっこつけんな。悔しいなら今のうちに吐き出しとけよ。後々きついぜ?」
「はは」
そうだろうな。
「けどたしかにな、あいつ、東峰。お前よりも悔しそうだったよな。」
それに比べてお前は呑気に空仰ぎやがって。
しょうがねぇだろ、
「どうすんだよ」
「なにが」
「返事」
「誰の」
「はっ。わかってるくせに。たちわりぃな」
そんなに悪態つくことあるかな、普通。
「返事も何も、告白されてないからな、俺。あいつが、あいつ自身何をしたいかいまはわかんねぇしよ。」
「まあ確かにそうだけども。」
俺は決して告白されたわけではない。
ただ、あいつが俺のことを好きだということを素直に頷いただけなのだ。
「でも、今のままじゃただの生殺しじゃねぇか。もしあいつが、他の女好きになってみろ。このままじゃお前に一生縛られていくようなもんだぞ。それでもいいのかよ。」
「縛りか。痛いとこつくね。」
「お前があいつと付き合う覚悟がないなら人思いに振っちまえ。」
「辛辣だなぁ。日車くんは。」
「たとえ嫌われようが恨まれようが、それが一番いい方法ならおれは喜んで振る。」
どうしても付き合えない場合はな。と付け足される。
「同い年とは思えないくらい男前だな、お前。」
「今はそんなの関係ねぇだろ。」
「まぁそうか」
でも、
そうでもないんだよなぁ
「なぁ」
“お前がそんなにきにかけんのってさ、東峰がいるから?”
その音が、嫌に教室に響いた。
脳がうまく読み込めなかったのだろう。
10秒ほどの静寂が続く。
「それもある?かもしんねぇな..」
「ふーん。」
じゃあさ、
「お前あいつのこと好きなの?」
あ、恋愛的な意味でね、と付け足す。
本日2度目の沈黙。
「は?」
「え,いや、えあ、えぁは?えナニ、オレが?東峰を?え、いやいやいやいやい、ないないないないないない。」
バカでかい声で否定する日車。
「いや、そりぁ、多少気にかけてはいるけどよぉ、さっきも言って通り、弟?とかそういう感じなんだよ!!!!!!!!全然そんなんじゃねぇーから!!!!」
「ちょ、必死過ぎて逆に。」
「あやしむな....」
もう力尽きたかのように、呆れながら放たれた言葉。
そうか。
〇〇〇〇
「あ?!なんて?!」
「いや、何も言ってねぇよ。」
「なんか言ってた気配がしたんだよ。」
「どんな気配だよ、それ...。」
そりゃ、心のなかでは思ってたけどよ。
それすらお見通しってか。
「てか、そんなこと聞いてくるってことは...」
本当に好きなんか、あいつのこと。
「っていったらどうする?」
かまふっかけるか、多少。
「「......」」
しばらく様子の見合いがおこっていたが、日車が息を吐いたことで中断。
「やめたやめた。突っ込むのも色々とめんどくさそうだし、よくよく考えてみればオレが気にすることでもねぇーしな。」
「そういうところスキよ、日車くん。」
「はいはい。いっとけいっとけ。」
ふと、空を見てみた。
青というより、碧。
雲というより、霧。
「やっべ、監督に呼ばれてんだよ。オレ。」
逃げ出すようにこの教室から消えてった。
その後ろ姿を目で追ったあと、もう一度空に眼を向けた。
俺が東峰を好きなことは、野球部の誰も知らないことだ。