*  *  *

 眩しい朝日を浴びながら、車に乗り込む。次の目的地は決まっていなかった。私が決めた方が良いのか、文香に聞いた方がいいのか。一瞬悩んでから、問いかけてみる。

「次どこにいくか悩んでるけど、文香はどうしたい? 私が決めた方が良い?」

 決めて欲しいと言われれば、適当に観光地でも巡ろう。文香が行きたいところがあるのであれば、そこに連れて行こう。北海道じゃなくたっていい。時間はたっぷりあるんだから。

 直近の締切をふと思い出して、次のところでは長く滞在して仕事をした方が良いなと考える。文香に伝えようと顔を上げれば、文香はスマホを私の前に差し出していた。

「函館行ってみたい」
「函館、か、いいよ! その前にどっかで連泊しても良い?」
「いい、けど」
「終わってない仕事があるから、そっち終わらせちゃいたい」

 文香はこくこくと頷いて、スマホでナビを調べ始める。そして、「洞爺湖あたりで泊まる?」とつぶやいた。そういえば、修学旅行で泊まった気がする。大きな湖の前のホテル。温泉街だから、ホテルの料金は高そうだけど、それくらい私の貯金から出そう。

「いいよ、じゃあ洞爺湖目指していこう!」
「音楽、掛けても良い?」
「え、全然良いよ」

 文香が掛けた曲は今流行りのバンドが歌っているもので、私も聞いたことがあった。微かに口ずさみながら、文香は車の窓を開ける。そして、風に吹かれた髪を舞い上がらせた。

 うっすらと陰っていたオーラはもうない。きっと、家に帰っても大丈夫だろうと思えるくらい。私はただ、事象を聞いただけでうまいことも言えなかったのに。

 山の中を通り抜けながら、音楽に身を任せる。ノリノリな曲もあれば、しっとりとした曲もあって、幅広い歌を歌うんだなと思った。そこまで詳しくなかったけど、文香が好きだとは知らなかったな。どちらかといえば、私のような暗い人を救うような曲ばかりな気がする。

「本当はさ、もうやめちゃおって思うこともあったんだ。いらないって言われて、仕事でも、うまくできなくて」
「うん」

 適当な相槌は打てなくて、ただ真剣味を帯びたうんだけを返し続ける。

「でも、この人たちの曲が沁みて、死にたくはないなぁって。死ぬくらいなら、もう一回結梨に会いたいなぁって思ってて」

 ちょうど掛かってる歌は、誰かに会いたいと、生きていて欲しい、と願う曲だった。この歌に、私を重ねていたのだろうか。自分がしんどくても、心配させてしまうとは、私は本当に情けない。

 それでもそれが、文香をこの世に繋ぐ理由になったなら、それはそれで良い。

「そっか」
「そしたら、会いに来てくれちゃうから、嬉しかったんだ」
「たまたま、だけどね」
「私が呼んでたのが伝わったのかな?」

 ふざけた風に言ってから、また、歌をくちずさむ。心地の良い風と、文香の歌に揺られて、山道をひたすらに進んだ。

 どれくらい進んだだろうか。開けた湖を前に、文香は「わぁあ」と感嘆の声を上げる。私もちらりと目を移せば、青が目に染みた。まるで海みたいで、果てが見えない。

「キレイ、だね」
「ねー、すごい。めっちゃ、キレイ……」

 しみじみとつぶやく文香にふふっと笑いながら、変わらずに車を走らせる。予約したホテルの名前が目に入って、駐車場に停めた。

 車を降りれば、柔らかな風に吹かれる。まだ、太陽の暑さは残っていて、じわりと額から汗を吹き出させた。