メニューを覗き込んでから、文香は「あー」、「うん」と、悩み始める。一つだけ、文香が飲んでいた飲み物を思い出して、指さした。
「ジンジャエールは?」
「うん、それにする」
注文ボタンを押して、ジンジャエールを飲んでいたあの頃の文香を思い出す。あれは、確か私が落選した時だった。美術部全員でコンテストに応募しようってなった時に、ジンジャエールを文香は私に差し出したんだよ。私は、あの頃自意識過剰の厨二病だった。だから、落選するだなんて思ってもいなかったし、それに……
美術部らしくない、今でいう陽キャが優秀賞をとったことに嫉妬し、一人でぐちぐちと管を巻いていた。それは、嫉妬もあったけど、挫折感や敗北感という、痛みを紛らわすための手段だった。
文香は簡単に見抜いて、私にジンジャエールを差し出しながら言ったんだ。
「どんまい! 炭酸で飲み干そ! あんまり飲まないから、沁みるかもね」
二人でプシュッという音を立てて、ペットボトルを開ける。そして、ゴクゴクと勢いよく飲み干した。あの、沁みるかもね、は、泣いてもいいよという意味なんじゃないかと今では思う。気づかなかったくせに、あの時の私は「炭酸きっついなぁ」と言いながら、涙をこぼしていた。
届いたジンジャエールのグラスを、微かにぶつければ、文香も持ち上げてくれた。
「久しぶりの炭酸だから、沁みるかもね」
私の言葉に、文香は一瞬眉毛をぴくりと動かしてから、ごくごくと飲み干す。
「沁みちゃったかも」
その言葉通り、瞳には涙が浮かんでいる。その涙は、炭酸の強さによるものだよ。だから、大丈夫。念じながらも気づけば、私も涙を瞳に浮かべていた。
野菜をジンギスカン鍋の下の方にセットして、上からお肉を焼く。まずはラムだ。ジュワワといい音がしながら、お肉からタレと油が垂れていく。
垂れて行った先の野菜はどんどん吸い込んで、いい色に変わっていく。匂いにお腹が反応して、またぐうううっと鳴った。匂いだけでごはん三杯くらいは行けそう。
文香の方をちらりと横目で見れば、ほわっと頬を赤らめてジンギスカンを見つめている。これなら、食べてくれるかも。そんな思いに、安堵してしまう。
痩せこけた痛々しい頬が、あの頃のようにふくふくになってくれればいい。ふくふくだなんて、言葉、久しぶりに使ったけど。
色が変わってきたジンギスカンをひっくり返せば、ごくりと唾が喉の奥を流れていく。野菜にもタレが染み込んで、柔らかくなってきてる。
裏面も焼けたところで、一枚、文香のお皿の上にお肉を乗せる。もやしも、ピーマンも一緒に。
「タレ掛けてもいいんだって、とりあえずそのまま行くか!」
「うん」
遠慮がちに頷いた文香の方を、わざと見ないようにして、一口。じゅわりとタレが口の中で暴れて、どこかさっぱりとしたお肉の味が広がった。もやしも食べれば、タレのせいか少し焦げたところがカリカリで美味しい。
「んー! おいし! これは、炭酸似合う!」
わざとらしく口にすれば、文香が微かに笑った声が耳に届く。そのまま、ジンジャエールをごくごくと飲み干した。喉の奥の油とタレを、炭酸の刺激が洗い流していく。
私の食べっぷりに焦ったのか、文香が箸を持った。かちゃんという音で、ハッと見つめてしまう。一口、一口とゆっくりだけど、ごはんを食べてくれてる。そんな些細なことが嬉しくて、涙がこぼれ落ちそうになった。
「うん、おいしいねぇ」
「そうだね、おいしいねぇ」
私たちは、おいしいねぇという言葉だけを繰り返して、ただひたすらに肉を焼き、炭酸を飲み干した。黙って食べるだけで良い。あの時、文香が私に寄り添ってくれたように。