青い看板の指示通りに進めば、清田区という文字が見えてきた。ここはどうやら、札幌らしい。大きな複合商業施設や、スーパー、電気屋さんなど高い建物が並んでいて、出かけるところには苦労しなさそうだ。

「とりあえずジンギスカンで、良い?」
「ジンギスカン今日は、タレ飛ばさないでね」
「さすがに、もう大人だから大丈夫!」
「ふふ、それならいいけど」

 少し吐き出しただけで、楽になったのだろうか。文香との意思疎通の取れた会話に、気持ちが弾む。そのまま、いつもの文香を取り戻してくれたらいい。文香を傷つけたバカのことなんか忘れ去って。

「でも私たち食べたジンギスカンってどこだっけ?」
「ビール園って名前だったと思うけど」
「ごめん、調べてもらって良い?」

 ビュンビュンと行き交う車を見ながら、とりあえず直進する。中心部に行けば、駐車場は圧倒的に減ってくるはずだ。修学旅行の時のジンギスカン屋さんは、かなり広い駐車場を有していた。

「あった、東区、だって」
「道案内お願いしてもいい?」
「わかった」

 文香の言葉に導かれながら、しばらく直進をし続ける。札幌らしいものは、見つからないまま、道路は進んでいく。

「次の川のとこで、右折」

 豊平川と書かれた看板を見つめながら、右に曲がれば、川と並走する形で進む。河川敷では、走り込みをする人たちや、遊んでいる子どもたちが目に入った。

「涼しそうだね、川のとこなら」
「北海道なのに、暑い、もんね。今外ってこんなに暑いんだ、って思った」

 文香の言葉に、夏もずっと家から出ていなかったことに気づいてしまう。横目に見た文香は、ガリガリに痩せていて、ごはんもまともに食べていないだろうことは明らかだった。ジンギスカンという重たいものを食べさせていいのかは、わからない。

 それでも、楽しかった日々を思い出す一助になればと願って、選んでしまった。エゴだなという言葉ばかり、脳に浮かぶ。それでも、何かしたくて、たまらなかったのだ。

 文香のナビは、わかりやすく、曲がる数百メートル手前から教えてくれた。運転のしやすさに、やっぱり誰かが隣に居るのはいいなと思ってしまう。

 なんだかんだ私だって、一人は寂しいのだ。周りが楽しそうに大勢で過ごしてるのを見ると尚更。それでも、人と時を過ごすことが苦手だったから、文香なら大丈夫なんだと信頼してるからこそに気づいてしまう。

 茶色のレンガ調の見たことのある建物が目に入り、近くの商業施設の駐車場に車を停めた。旅に足りないものをここで買い揃えるのもできそうだ。

「なつかしい?」
「うん、懐かしい。みんなでバスから降りて整列させられて、分けられて入ったよね」
「よく覚えてんね」

 そんなこともあったような、なかったような気がする。あの時の私は多分、ジンギスカンは初めて食べるからどんな味かばかり気になっていた。それに、獣臭いと言われる匂いがどの程度かも、知りたかった。だから、先生の指示も聞かずにキョロキョロと、見渡していた気がする。鼻をすんすんさせても、ジンギスカンの匂いは、外には漏れていなかったけど。

 そんな私に「はい、いくよ」と声をかけて、手を引きながら案内してくれたのは、文香だったな。文香に声をかけてもらわなかったら、私はきっと一人で置いて行かれた。冗談じゃなく。

 二人で店内に入れば、煙がもわりと顔にぶつかる。お肉が焼ける香ばしい匂いに、つられてお腹がぐううっと鳴った。恥ずかしくて押さえれば、文香は気にしていない様子で懐かしそうに顔を緩めている。

 食べ放題と書かれた看板に、迷いが生じた。きっと文香はあんまり食べられない。それなのに、食べ放題は……でも、私はお腹がぺこぺこだから。

「行こう」

 文香は何も言わずに、私の手を握りしめる。食べ放題でもいいって事だと受け取って、食べ放題を注文した。案内された席は、広々とした一階のうちのひと席だ。

 北海道の形をした、ジンギスカン鍋がセットされて、食べ放題の説明を受ける。機械が全部運んできてくれるらしいので、人と会話しなくていいのは楽だなと思う。

「あ、文香は食べれるだけでいいからね、無理しないでね」
「う、ん」

 タブレットでお肉と野菜を注文しながら、「どれがいい?」と尋ねれば、困った顔をする。食べたいものが、ないのかもしれない。

 これ以上聞いても、困らせてしまうだけなら……

「色々頼んじゃうね! 私ペッコペコだから、食べれなかった分はぜーんぶ食べる!」

 お腹をドンッと叩いてアピールすれば、文香は安心したようにぎゅっと縮めていた肩を、ゆっくりと落とした。

 ラムのジンギスカンだけでなく、鶏や豚もある。カルビやホルモンなども。ジンギスカンってラムだけを指すと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 簡単につまめるフライドポテトやキムチも頼んで、飲み物の画面で止まる。飲み物はさすがに勝手には、選べない。あの頃は文香は何を飲んでいたっけ? 思い返そうとしても、何一つ出てこない。私ばかり面倒を見てもらっていたから……

 とりあえずお肉たちの注文を送ってから、文香の方に向き直す。文香はまた、身体をびくりっと揺らして、私の目を見た。揺れている瞳に私の方が、泣き出したくなってしまう。

 私、どうして、めんどくさがって連絡しなかったんだろう。いつだって文香から来た連絡に返事をする形で、私たちはやりとりをしていたし、会うのも、文香が誘ってくれていた。私がもっと早くに会いに来てたら、そんなたらればを考えても仕方ないけど。

 後悔の念を誤魔化すように、ドリンクを確認する。

「飲み物、どうする?」