「ふぅーん? そっかそっか」
「なんか、調子に乗ってない?」
「そんなに私のこと好きかぁ」

 高校生の頃の文香みたいで、胸の奥が跳ねてしまう。私のこの想いで文香が元気になるなら、恥くらい飲み込む。覚悟を決めて「好きだよ」と答えた。

 文香は私の答えを聞いてから、むふっとわざとらしい笑い声を出す。

「ねぇ、私と旅をしない?」

 私が文香を連れ出した時の言葉に、じぃんっと胸が波打つ。かっこつけて「しょうがないから、いいよ」と答えれば、肘で突かれた。

「まずは、函館行こう! 朝食でいくら食べられるとこがいいな」
「これからも旅を続けるなら、節約とか考えなくていいわけ?」
「函館は満喫して、そのあとは、考えるよ」

 私は仕事をしてるけど、文香は収入もないはずだ。まぁ、文香一人を養うくらいなら、私でもできるくらいには働いてるけど……

 でも、文香はそういうことを望まないだろう。

「ブログを見た人から連絡があってさ」
「うん?」
「ライターとしてやりませんか、って言われたんだよね」
「えっ?」
「だから、一応、会社員時代より劣るとはいえ収入は確保できたし、まだまだ結梨と楽しみたいし?」

 文香の将来が開けたことに、私の方が嬉しくなってしまう。「良かったね!」という言葉は跳ねるように私の口から飛び出して、文香の耳に飛び込んでいった。

「結梨なら、そう言ってくれると思った」
「文香の言葉を一番好きなのは、私の自信があるからね」

 フロントガラスに目を向ければ、青々とした空が、太陽が私たちを照らしている。眩しさに目を細めてから、シートベルトをガチャっとはめた。

「とりあえず、函館行こっか」
「お菓子屋さんで行きたいとこもあるんだけど、いい?」

 随分と遠慮のなくなった文香に、つい、憎まれ口を叩いてしまう。

「あの時とは別人みたいだね」
「結梨が、連れ出してくれたからだよ」
「……何も考えずに、だけどさ」
「ありがとうね」

 しんみりとした空気を吹き飛ばすように、音楽の音量を上げる。文香が好きだと口ずさんだ歌が、私たちの旅路を照らしていた。

「よし、出発進行! ちなみに、私免許あるから……時々は運転変わるよ?」
「えー、文香の運転怖いな」
「なによ、結梨よりはうまい自信あるし!」

 胸をどんっと張って、軽く叩いた。そして、高校時代の思い出話を語り始める。私は「あーあー」と声を出して、聞こえないフリをした。

「球技とか結梨めちゃくちゃ苦手だったじゃん」
「あーあー!」
「卓球で全然打ち返せないし、どうしよって泣き出しそうになって」
「忘れてよ! そんな昔のこと」

 文香はぺろっと舌を出して、おどけてみせる。そして、「忘れないよ」と答えた。

「だって、私たちの大切な思い出じゃん。この旅もそうだけど」

 それは、そう。私の記憶は、文香との思い出ばかりだ。文香と離れてからは、ずっと一人だったから。文香はそれすら見抜いてるんだろうか。

 ううん、適当に、言ってる気がする。

「まぁ新しい記憶で上書きしていこ」
「五稜郭タワーも登る?」
「高いところダメってわかってて、聞いてる?」
「冗談です」

 急に真剣なトーンになるから、つい、ふっと笑ってしまう。気兼ねないこのやりとりが、まだ続く。そんな幸せが嬉しくて、視界が少しだけぼやけた。

「とりあえず行こっか」
「私たちの旅は、まだまだ続く!」
「打ち切りマンガみたいな言い方やめてよ」
「本当のことじゃん」

 車を発進させれば、爽やかな風が車内に吹き抜けていく。文香は髪の毛をふわりと浮かせながら、いつものように好きだと語った歌を口ずさんだ。

 覚えてしまったから、私も合わせて口ずさむ。二人の声が重なって、あの頃のようにお腹を抱えて笑い合う。あまりの幸せな時間に、離れることへの恐怖がまた湧き上がりそうになった。

 それでも、バイバイになったとしても。この旅の思い出だけで、またしばらく大丈夫かもしれない。高校時代の思い出が、私を一人でも大丈夫にしてくれたように。

 北海道の道は相変わらず、開けていた。ただただ、まっすぐ緑に囲まれた道を進む。私たちの未来を目指して……

<了>