先ほどの文香は、そういう気持ちだったのか。だから、聞かないでいてくれると私を評価してくれたんだ。今更、しっくりときて、聞けない私で良かったとちょっとだけ胸が緩んだ。

 車に乗り込めば、文香はティッシュを数枚ざっざっと取り出して、私の顔に押し付ける。

「そんなに、辛かった? 私といるの」

 頓珍漢な質問に、慌てて否定を繰り返す。文香と離れるのが寂しくて、泣いてしまったというのは、少し恥ずかしい。

「違うよ、違う違う」

 文香が元気になってくれて嬉しいと、そのままだったらこの旅は続いたのにが、胸の中でせめぎ合ってるの。最低じゃん。こんな優しい大切な人の不幸を願うなんて。

 ハンドルにもたれかかって、深呼吸を繰り返す。勝手にこぼれ落ちた涙は、やっと止まってくれたようだ。

「結梨は、一人が好きじゃん? 私を連れ出してくれたのは優しさだろうけど、無理させてるかなってずっと思ってた」

 自分が辛い状況なのに、私のことを考えていたという文香にまたじわりと心の奥から湧き上がる。文香を連れ出したのは、たまたまだし、黙っていられなかったからだ。

 それに……文香となら、私は一人になりたいとあまり思わない。まだ、数日だからかもしれないけど。

「だから、結梨に無理させてるなって思って。今なら、大丈夫かなって。友人に会うのはまだ怖いし、逃げちゃうけど」
「帰らないで」

 裏返った言葉で、ちらりと腕の隙間から伺えば文香は驚き戸惑っていた。目をぱちぱちと何回も動かしている。

「一人がいいけど、一人は寂しいんだよね」

 するりと出た言葉に、泣き出したくなる。私は、人とうまくやれないから、一人が良いと思い続けていた。でも、文香はその限りじゃない。連絡だって頻繁に取っていたわけでもないのに、都合がいいな私。

「じゃあ、まだ二人で旅しようよ」

 文香の提案に、胸を撫で下ろす。帰ると言われることに、怯えていた。落ち込んだ文香と居るのは辛かったけど、それでも、一人じゃない安心感も、楽しさもあったから……

「帰りたくない?」
「帰っても良いかなとは思うけど、まだ結梨と旅をしてたいかな」

 ぽつり、と答えてから、窓の外を見つめる。そして、指折り数えて北海道の食べたいものを上げ始めた。

「豚丼も、ラーメンも、スープカレーも、まだ食べてないよ。あ、函館のやきとり弁当も!」

 食いしん坊な文香の一面を思い出して、つい笑ってしまう。高校の頃は、文香が私の分を食べてくれていた。

「結梨って、食べれる時と、食べられない時が結構分かれるでしょ?」

 それは、私には理由が分かってる。一人で生活してる間は、食べられない時なんてなかった。文香と居る時も。

「他人がいると、ダメなタイプ?」

 核心をついた問いに、小さく頷く。文香は「やっぱりかぁ」と、答えてから、一瞬黙り込んだ。何を考えているのか、顔を上げて見つめれば嬉しそうに頬を緩める。

「私は、他人じゃないんだ?」
「なによ」
「私の前ではモリモリ食べるもんね。私は、いいんだ?」

 やけに嬉しそうな顔に、恥ずかしさがおでこまで上がってくる。むずむずとかゆいおでこを掻いてから「そうだよ」と肯定すれば、抱きしめられた。