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自分の中の汚い感情を、文香に打ち明けられないまま、私たちは今函館に向かっている。この二日間、仕事をしていた記憶しかない。
せっかく洞爺湖に寄ったのに、部屋からの湖の景色しか覚えていないのはさすがにもったいないかも。
ひたすらに海を左手に、森の中の道を進む。北海道の道は、ただただ広く、雄大だった。緑の濃い匂いに、背中を押されるように、車は走り続ける。
北海道のおおらかさのおかげか文香も調子を取り戻したようで、ツヤツヤとした頬でまた、あの歌を口ずさんでいる。
「良い歌だね」
文香が歌ってるからというのもあるだろうし、北海道の青さに似合っていると思った。だから、私もこの数日で覚えてしまった歌詞を小さく、口にする。
「でしょ。優しく包み込んでくれるような」
「北海道に合ってるよね。緑の香りがするような」
「わかる? 歌を聞いてるのに、匂いがしてくるみたいで、好きだったんだ」
文香なりの私への応援歌のような気もするのは、さすがに自意識過剰だろうか。海と山だけを見ながら、爽やかな風を車に取り込む。
「結梨に久しぶりに会えて、旅行もできて楽しかったな」
まるで、この旅がもう終わるかのような言い方に、目を丸くする。文香はもう大丈夫ってことだろうか。文香を連れ出すというこの旅は、もう終わってしまう。
そんな実感に、少しだけ涙腺が緩んだ。寂しいな。また、ひとりぼっちに戻るんだ。気楽で良いんだけど。でも、やっぱり寂しいな。
「寂しい?」
私から寂しいと聞き出したいような言い方に、くすった笑ってしまう。寂しいよ、と素直に答えることは、相手が文香でもできなかった。意地っ張りな自分を隠すように、ため息を吐く。
文香が隣に居てくれたら、楽しいよ。高校生に戻ったみたい。ううん、心は成長してないから、戻ったというよりも、あの頃みたいに素直に居られるのかもしれない。寂しいの一言すら言えないくせに、そんなことばかり考えてしまう。
大沼公園インターチェンジを降りて、ナビの案内通りに大沼公園へと向かう。北海道に着いて初めて、文香が望んだ場所。
「どうして、大沼公園だったの?」
「函館で食べたいものいっぱいあったんだけど、調べたら美味しそうなお団子見つけちゃったんだ」
お団子を食べる仕草をして、文香はむふふっと頬を緩める。笑っていてくれるなら、なんでもいいか。私の寂しさなんて、文香の元気の前では意味を持たせてはいけない。
「お団子、ねぇ」
「串じゃないの、びっちり箱に入っててむにむになんだよ! しかも賞味期限めっちゃ短いから、来た人だけ食べられるの!」
調子を取り戻したとはいえ、文香はまだ一人前を食べられない。それでも、食べたいものが思い浮かぶのは、良いことだと思う。
看板に導かれて、駐車場に車を停めれば「大沼だんご」と書かれた暖簾のあるお店が目に入った。文香が食べたいと言っていた団子は、これだろうか。
「ここ?」
指さしてみれば、文香は「うん」と力強く頷く。二人で車を降りる。ぶわりと吹き抜けた風が、秋の匂いを連れてきた。来たばかりの日はあんなに暑かったのに。急に、寒くなってきた気がする。
私が文香に貸したパーカーは、ちょっとサイズが合っていなくて、萌え袖になっていた。そのまま袖を振りながら、文香はお店の方へと走っていく。
追いかけるように店内に入れば、北海道のお土産がずらりと並んでいる。平日とはいえ観光客は多いようで、店内は数名が商品を手に取りながら、考えていた。
家族や、友人。一人でいる人は、見かけない。観光に出かけるのは、珍しいのかもしれない。
「結梨、あったよ」
「あんこと、ごまがあるんだね、どうする?」
「ちっちゃいの二つ買っても良い?」
全部は食べきれないから、残りは私が食べるということだろう。見る限り量も多くなさそうだし、小の方なら大丈夫だ。こくんっと頷けば、文香は店員さんに注文している。
店員さんは手慣れたように、素早く二箱手にとって文香へと手渡していた。「本日中にお召し上がりください」というポップを見ながら、賞味期限本当に短いんだなぁと感想が浮かぶ。
書い終わった文香は、ぼっとしていた私の手を取って、小走りでお店を出る。駐車場の方には、ベンチと机が三つくらい置かれていて、ちょうど空いていた。
「食べよ食べよ」
木々の下で、嬉しそうに文香が紙とセロハンを剥がした。びっしりと箱に詰まってる本当に小さいお団子。上はみたらしで、下はゴマ味だ。もう一箱を私の方に差し出してから、文香は一口ぱくりと、食べ始める。
私も同じように開けば、こちらはみたらしと餡。みたらしを一口食べてみれば、あまじょっぱい味付けで、お団子はもちもち。
「飲める……!」
つい、口に出してしまった言葉に、文香は手で口を押さえてクックっと肩を揺らした。変なことを言ってしまったのかもしれない。
「飲める、わかるよ、柔らかいし、ツルツルだもんね、飲める……飲めるかぁ」
隠しもせず、ふふふっと声をあげて笑うから。ついムキになって「なによー!」とだけ、答えて、次々にお団子を口に運んだ。そんなこと言うなら、あんこの方全部食べちゃうんだから。あんこは、優しい甘さで、ついつい手が進む。
「あ、待って、餡、食べたい!」
パクパクと食べ進める私のペースに不安になったのか、文香は手を伸ばす。ひょいっと箱を持ち上げて横を向いたまま、食べ進めれば慌てたような声が聞こえておかしくなってきた。
「ひとつぶ! 一つだけで良いから! ほら、ごま食べない? おいしいよ! ごまもあまじょっぱくて!」
ほら、ほら、と私の方にごま味のお団子を突き出す。いつのまにか、文香の方の箱もほとんどなくなっている。やっぱり、文香も飲めると思ったんじゃん。
仕方なく私の方の箱を渡して、ごまの方を受け取る。ごまを口に運べば、みたらしよりも香ばしい胡麻の香りも相まってますます手が進んでしまう。
「あ、ごまの方が気に入った感じ? あと全部食べて良いよ」
机に頬杖をついて、文香は私を見上げる。不意に吹いた風が、文香の髪の毛をぶわりと巻き上げた。いつだったかも、こんなことあったな。私が好きだって思ったこと。口にしてもいないのに、気づいて譲ってくれた。
そんなに好きじゃないから、とか、適当な嘘ついて。
食べてる量を見れば、文香にとってもおいしかったことくらいわかる。それでも、遠慮するのは私たちの関係では失礼な気がして、ありがたく全部平らげた。
「おいしかったねぇ」
「飲めるって、文香も思ったでしょ」
袋にゴミを詰めて、車に一度置きに戻る。ゴミ袋をぽいっと後頭部座席に入れてから、答えない文香に振り返った。