地元に帰省したのは、本当にたまたまだ。そして、彼女に再会することになったのもたまたまだった。

 なんとなく、疎遠になってしまっていた幼なじみ。そんな幼なじみの両親と、スーパーでばったり遭遇した。「あの子に会ってやってちょうだい」そんな言葉に、小さく頷いて、家まで訪ねてしまう。

 玄関から顔を覗かせた文香の顔は、頬はコケ、あの頃の溌剌とした笑顔は消え去っている。どちらかといえば、陰鬱な雰囲気を醸し出すのはいつも私だった。明るい人間でもないし、人付き合いも嫌い。それでも、文香は幼なじみというだけで、私といつも一緒にいてくれた。明るい文香へ嫉妬しつつも、寄り添ってくれる優しさに助けられていた。

 それなのに……

 今では、文香の全身から真っ黒なオーラが出ている。久しぶりに会ったというのに、ずいぶんな表情をしてしまったくらいには。

「久しぶり」

 少しだけ詰まった言葉に、文香は痛々しい笑顔を見せた。深刻そうな文香の表情とは裏腹に、文香の両親はふざけて答える。

「もう、久しぶりに結梨ちゃんに会ったんだから、明るい顔くらいすればいいのに、この子ったらいつまでも引きずってるんだから!」

 何があったかはわからない。でも、何かあったことだけは確かにわかった。なんともいえない気持ちが、胸の奥から湧き上がる。

「婚約破棄くらい今時珍しくもないのにね。こんなことで……」

 文香のお母さんの言葉に、耳を塞ぎたくなった。だから、気づけば文香の手を取って、無理矢理に引き摺り出す。

「ね、私と旅行かない?」

 文香も、文香の両親もぽかーんっと驚いた表情で固まる。返事も聞かずに、文香の手をぐいぐいと引き、家までの道を歩き出す。文香は抵抗も何もせず大人しく着いてくるから、振り返ってお母さんに大声を張り上げた。

「文香の服! 一週間分くらいまとめといてください! あとで取りにきます」

 いやいや、とか、え、とか言ってるように見えたけど、これ以上この場に文香を居させたくなかった。私の勝手なエゴだけど。

 夏は過ぎ去ったというのに、太陽の日差しは照り返し、むわんっと暑い空気が肌にぶつかる。実家に帰ったら両親にはなんと言われるだろうか。うちの両親なら、「そうなの? じゃあ楽しんで」くらい言ってくれる気もするけど。

 文香の状況を聞きたい。それでも、私は言葉下手だから、きっと傷つけたりしてしまう。どうでもいい、自分の近況ばかりが口からこぼれ出た。

「今は在宅ワークっていうか、オンラインで働いてんだよね。だから、いろんなホテルに泊まって仕事してるの、ワーケーションってやつ。知ってる? 意外に楽しいんだよ。でもさ、一人ってやっぱり寂しいから、付き合ってほしくて無理矢理連れてきちゃった」

 どれくらいの時間、一人で話し続けただろうか。文香からの返事はないものの、繋がれた手は解かれない。文香を連れて行くなら、どこがいいかな。

「文香は行きたいとことか、ない?」

 問いかけてみても、シーンっと沈黙だけが流れて行く。そうしてるうちに、実家が目に入った。両親は、文香の親から連絡を貰っていたようで、何も言わずに私たちを迎え入れてくれる。

「お風呂入れてあるから、とりあえずあったまってきたら?」

 お母さんの言葉に頷けば、文香は初めて「ありがとうございます」と答えた。か細い震える声に、私の知ってる文香は、もういないんだとますます実感してしまう。こんなになるまで、私はどうして疎遠になってしまっていたのだろう……