人前ではキラキラとした王子様のような男が本気で怒った。それだけ葉月が大切で田中に腹が立ったということだ。

 いい関係だ。

 橋沼とそうなれたらと、ふたりが羨ましくて眺めていると、

「おーい田中、仲直りできたか」

 頭上から声をかけられて顔を上げる。

 見守っているからといってくれた。だからベランダからこっそりと眺めていたのかもしれない。

「どうせみていたんだろっ」
「まぁな」

 全部みられていたと思うと恥ずかしい。

「美術部の橋沼先輩か。田中、知り合いだったんだな」
「知っているのか」
「目立つ人だしな。それにコンテストで受賞しただろう」

 たしかに目立つ人だが、受賞のことなど知らなかった。

「え、そうなのか! 葉月は知っていたか?」
「俺に聞くなよ」

 と、どうやら葉月も知らなかったようだ。

「悟郎は他人に関心なさすぎ。田中は女子にしか興味なかったものな」

 たしかに。気になる女子と仲良くなりたくてそればかり考えていた。

「うるせぇよ。男はそんなモンだろう」
「まぁ、そうだね」

 揶揄われるかなとベランダのほうへ視線を向けるが、すでに橋沼の姿はない。

 もう大丈夫だと思ったのだろうか。

 早く会って話がしたい。胸がそわそわとして落ち着かなくなった。

「田中、かわったよな」
「え?」

 いきなりそんなことをいわれて葉月をみる。

「俺は神野でお前は橋沼さん。出会えたことに感謝しろ」
「そうだな」
「えぇ、俺と出会えたことを悟郎は感謝してくれているの?」

 と嬉しそうな声をだして抱きついた。

「ウザっ」

 まとわりつく神野を手で押さえ、

「行けよ。先輩が待っているんだろう」

 葉月がもう片方の手を払うように動かした。

「あぁ。今日は話を聞いてくれてありがとう」

 そう声をかけて橋沼の待つ美術室へと向かった。






 ドアを開けると橋沼が両手を広げて出迎える。その胸におもいきり飛び込むと、しっかりと受け止めてくれた。

「猪突猛進だなぁ」
「言えたよ、橋沼さんっ」
「しっかりとみていたぞ」

 少し興奮気味な田中をなだめるように、大きな手が俺の頭を撫でる。

 これだ。橋沼にこうしてほしかった。

 嬉しいときや悲しいときに傍にいて慰めたり勇気つけたり、抱きしめたり頭を撫でてスキンシップをする。そんなことができる関係になりたかったんだ。

「橋沼さんのお蔭で勇気がもてたんだ。なぁ、俺と、友達になってくれないか?」

 少し照れながらそう口にすると、橋沼は黙ったまま田中をみている。

 なにもいってくれないことに、高ぶっていた気持ちは急降下してしまう。もしかしたら失敗してしまったかもしれない。

 離れようと橋沼の肩を押すが手が震えてしまう。

「ごめん、今のは取消……」
「なんだ、田中と俺は友達じゃなかったんだ」

 言葉が重なり合あい、

「そうなの」
「え、取り消すの?」

 とさらに重なり合った。

 友達だと思っていてくれたから、田中の言葉に驚いたのだろう。

「そっか、友達だったんだ」

 嬉しくて口が緩んでしまう。

「よし、今日から下の名前で呼び合おうか」

 親密度が増すだろうといわれて、葉月たちのような関係に一歩近づけた気がした。

「いいな、それ」
「そうだろう。それじゃ、総一センパイって呼んでごらん」

 可愛くなと橋沼にいわれて、ジト目を向ける。男にいわれても気持ちが悪いだけだろうと。

 完全に遊んでいる。目が笑っているから。

 ムカつくので気持ち悪い思いをさせてやろうと、

「そういちせんぱぁい」

 体をくねらせた後に指でハートの形を作ってやったが、自分にまでダメージが跳ね返ってきた。

 橋沼は口元を手で押さえて震えている。あれは笑っているのだろう。

「くそ、笑ってんじゃねぇよ。リクエストに応じたってぇのに」
「ありがとうな、秀次」

 目尻を下げてみている。橋沼がブニャにみせる顔だ。自分よりも大柄な男が可愛いと思う日がこようなんて。

「特別だぞ」

 ぼそりというと橋沼が髪を乱暴にかきまぜてくる。しかも力強くやるものだから首が右に左にと揺れてしまう。

「うわぁ、やめて」
「わるい、やりすぎたな」

 さすがに橋沼も気が付いたようで手が止まった。

「そうだ。まだ連絡先を交換していなかったよな」

 スマートフォンをポケットから取り出して田中の前で振るう。

 名前呼びの次は連絡先の交換。アドレスに橋沼の名前をみつけて嬉しさがこみあげた。

「そんなに喜んでもらえるなんてな」

 顔に出ていたか。

 恥ずかしくて顔を背けるが、頬に触れる柔らかな感触に一瞬頭が真っ白になった。

 ゆっくりと首を動かして橋沼をみる。

 あれはけして田中が思うようなものではない、はず。

 その箇所へ触れたら今度は手の甲に唇が、しかも離れる時に舐められた。

「うわぁっ、あんた、一体、なに!?」

 キスだけもかなりの衝撃だったのに。

「キスは信じたくなさそうだったから。舐めておけば嫌でも意識するかなと」
「そうじゃねぇだろう! なんでキス、してんの」
「懐かないにゃんこが甘えてきたから、つい」

 猫といわれて妙に納得してしまった。そうでなければ男にキスなんてしたいと思わないだろう。

 力が抜けてしゃがみこむ。

「俺だからいいものを。他の人だと勘違いされるぞ」

 口をとがらせ橋沼を軽くにらみつける。

「そうだな。こういうことは秀次だけにする」

 いや、猫扱いは勘弁してほしい。

「やだよ」
「そういわれても、またしてしまうだろうな」

 得意げにいわれて、田中は橋沼のわき腹に軽くグーパンチを食らわせた。