美術室にいるといわれたからと素直に向かうことができない。
橋沼の方から声をかけてくれないか、なんて下心を持ちながら裏庭に向かうとブニャに餌をあたえる。
利用させてもらう分、奮発して缶の餌とおやつを買ってきた。
「おーい、美術室に来いよ」
その言葉を待っていたのだが、すぐには振り返らない。面倒だといいたげに髪をかきあげて顔を上へと向けた。
「ブニャに餌をやりにきただけだし」
「そういうなよ。俺にも会いに来いって」
寂しいだろうと手招きをする。図体はデカいくせに可愛いじゃないかと思いつつ、
「しょうがないな」
と口にして美術室へと向かった。
今から食事をするところだったのか、風呂敷の上に大きなお弁当があった。
「すげぇな」
「あぁ、よくいわれる」
フタを開けると三分の二くらいが茶色系のおかずで、卵焼きとトマト、緑色の野菜がほんの少し。
アルミホイルに包まれている大きな塊はおにぎりだろう。
田中も茶色系のおかずが好きなので、とても魅力的な弁当だ。しかも手作りというのがいい。
自分の母親は仕事をしているので昼はコンビニか学食で済ませていた。
「いい母ちゃんだな」
「これを作ったのは祖母だ」
橋沼の両親は海外にいて祖父と祖母の家で暮らしており、親のかわりにふたりが可愛がってくれるそうだ。
「畑があって収穫を手伝わせてもらうんだけど楽しいぞ」
麦わら帽子と首にかけたタオル姿を想像すると、なんだかとても似合っている。
「しっくりくるな」
「年寄扱いしているだろ? 友達にもいわれるんだよなぁ」
これだけ人懐っこいひとだから友達も多そうだ。
それに橋沼が美術室にいるのはスランプ中だからで、描けるようになればここにくる必要がなくなって教室で友達と一緒に昼を過ごすのだろう。
またひとりにもどるのは嫌だ。
「おい、田中?」
目の前にひらひらと手を振る、それに気が付いて橋沼をみた。
つい、考えごとをしていて黙り込んでしまった。
「あ、わりぃ」
「上の空だなぁ。もしかして、五時間目にテストでもあるのか?」
「はっ、テストはあきらめているから問題ない」
「お前ねぇ、そりゃ問題ありのほうだろ」
話題は学業へと変わり、成績は下から数えたほうがはやいと話す。
「俺の成績は上位のほうだぞ」
そう返されて、人が良くて勉強もできるなんてと拗ねて舌打ちをしてしまった。
「田中、俺も同じような成績なんじゃないかと思ったんだろう?」
「そんなことは思って……た」
そこは素直に返し、こいつめと橋沼に頭を乱暴に撫でられた。
「人が良くて頭もいいって、女子にもてそうだな」
しかも笑うと目元が優しくなる。
「否定はしない」
得意げな表情を浮かべている橋沼に、目を細めてスンと鼻を鳴らす。
「なに、その顔」
口元に笑みを浮かべた橋沼が、田中の頬を摘まんでふにふにと動かした。
これは恋人同士がしてキュンとするやつだ。
ふたりともかわいくはないしたださむいだけの光景だ。
「ぬわっ、やめい! 鳥肌がたつわ」
橋沼の手から逃れて身体を横に向けてコンビニで買ってきたおにぎりを食べ始めると、ふたの上に大きな唐揚げがひとつ。
美味そうだなと思っていたので遠慮なく食べると橋沼のほうへ体を向きなおした。
「鳥だけじゃ許せねぇな。そこの卵焼きも所望する」
ふたを橋沼のほうへ差し出して催促するように揺らした。
「わかった」
卵焼きをのせてくれたので指でつまんで一口。ほんのり甘くて美味い。
「うめぇ」
「男心をくすぐる弁当だからな」
と口角をあげる。こんな美味いものをお弁当で食べられるとは羨ましい。
「優しいな、ばぁちゃん」
「あぁ。孫ラブだから」
互いに大切に思っている、その気持ちが伝わってきてほっこりとした。
クラスの中心でいたい、女子にいい格好をみせたい、そんな下心で神野の側にいて彼と仲良くしたい人たちとつきあってきた。自分は仲間なんだということが重要だった。
適当な会話をして笑って、中味のない会話はよく覚えていないし、心から楽しかったかと聞かれたら頷けない。
だが橋沼との会話は心から温かい気持ちになれた。
「田中って笑うと可愛いのな」
笑っていたのか自分は。無理やりでなく自然に。
「は、何いってんの」
恥ずかしい。
照れているのを隠すように眉間にしわを寄せて睨みつけると橋沼は笑っていた。
「てめぇ、オカズ食ってやる」
照れを隠すように、手を伸ばして肉団子を掴んで食べる。柔らかい団子と甘酢タレが絶妙だ。
「はぁぁ、ばぁちゃん、神」
勝手に想像した橋沼の祖母に手を合わせる。
「ばぁちゃんに伝えておくよ」
嬉しそうに笑う。これだけ料理が美味いのだ。自慢の祖母だろう。
いい年をした男がという人もいるかもしれない。だけど隠さずに表にだせるとはすごい。自分だったら恥ずかしいからと口にすることすらできないだろう。
楽しい時間はあっという間だ。
「今度は声を掛けられる前においでよ」
と橋沼にいわれて頷く。
「あと、授業はきちんと聞いてノートもとるんだぞ」
「げぇ。橋沼さんは俺の母親かよ」
「ははは。また明日な」
「おう」
互いに手をあげて挨拶。そして美術室から出て教室へと向かう。
足取りが重くてこのまま屋上でさぼってしまおうかと気持ちが揺らぐが、橋沼にいわれたなと誘惑を断ち切る。
後ろの席は背が高い男子が占めているので、窓際にある自分の席へ戻るときは葉月の後ろを通ることになる。
まだチャイムが鳴っていないので葉月の傍に神野が居て嫌でも視界に入る。
つい意識してしまうが、向こうは気にする素振りはない。
そんなものなのだ、自分は。虚しい気持ちになりながら席へと腰を下ろした。
橋沼の方から声をかけてくれないか、なんて下心を持ちながら裏庭に向かうとブニャに餌をあたえる。
利用させてもらう分、奮発して缶の餌とおやつを買ってきた。
「おーい、美術室に来いよ」
その言葉を待っていたのだが、すぐには振り返らない。面倒だといいたげに髪をかきあげて顔を上へと向けた。
「ブニャに餌をやりにきただけだし」
「そういうなよ。俺にも会いに来いって」
寂しいだろうと手招きをする。図体はデカいくせに可愛いじゃないかと思いつつ、
「しょうがないな」
と口にして美術室へと向かった。
今から食事をするところだったのか、風呂敷の上に大きなお弁当があった。
「すげぇな」
「あぁ、よくいわれる」
フタを開けると三分の二くらいが茶色系のおかずで、卵焼きとトマト、緑色の野菜がほんの少し。
アルミホイルに包まれている大きな塊はおにぎりだろう。
田中も茶色系のおかずが好きなので、とても魅力的な弁当だ。しかも手作りというのがいい。
自分の母親は仕事をしているので昼はコンビニか学食で済ませていた。
「いい母ちゃんだな」
「これを作ったのは祖母だ」
橋沼の両親は海外にいて祖父と祖母の家で暮らしており、親のかわりにふたりが可愛がってくれるそうだ。
「畑があって収穫を手伝わせてもらうんだけど楽しいぞ」
麦わら帽子と首にかけたタオル姿を想像すると、なんだかとても似合っている。
「しっくりくるな」
「年寄扱いしているだろ? 友達にもいわれるんだよなぁ」
これだけ人懐っこいひとだから友達も多そうだ。
それに橋沼が美術室にいるのはスランプ中だからで、描けるようになればここにくる必要がなくなって教室で友達と一緒に昼を過ごすのだろう。
またひとりにもどるのは嫌だ。
「おい、田中?」
目の前にひらひらと手を振る、それに気が付いて橋沼をみた。
つい、考えごとをしていて黙り込んでしまった。
「あ、わりぃ」
「上の空だなぁ。もしかして、五時間目にテストでもあるのか?」
「はっ、テストはあきらめているから問題ない」
「お前ねぇ、そりゃ問題ありのほうだろ」
話題は学業へと変わり、成績は下から数えたほうがはやいと話す。
「俺の成績は上位のほうだぞ」
そう返されて、人が良くて勉強もできるなんてと拗ねて舌打ちをしてしまった。
「田中、俺も同じような成績なんじゃないかと思ったんだろう?」
「そんなことは思って……た」
そこは素直に返し、こいつめと橋沼に頭を乱暴に撫でられた。
「人が良くて頭もいいって、女子にもてそうだな」
しかも笑うと目元が優しくなる。
「否定はしない」
得意げな表情を浮かべている橋沼に、目を細めてスンと鼻を鳴らす。
「なに、その顔」
口元に笑みを浮かべた橋沼が、田中の頬を摘まんでふにふにと動かした。
これは恋人同士がしてキュンとするやつだ。
ふたりともかわいくはないしたださむいだけの光景だ。
「ぬわっ、やめい! 鳥肌がたつわ」
橋沼の手から逃れて身体を横に向けてコンビニで買ってきたおにぎりを食べ始めると、ふたの上に大きな唐揚げがひとつ。
美味そうだなと思っていたので遠慮なく食べると橋沼のほうへ体を向きなおした。
「鳥だけじゃ許せねぇな。そこの卵焼きも所望する」
ふたを橋沼のほうへ差し出して催促するように揺らした。
「わかった」
卵焼きをのせてくれたので指でつまんで一口。ほんのり甘くて美味い。
「うめぇ」
「男心をくすぐる弁当だからな」
と口角をあげる。こんな美味いものをお弁当で食べられるとは羨ましい。
「優しいな、ばぁちゃん」
「あぁ。孫ラブだから」
互いに大切に思っている、その気持ちが伝わってきてほっこりとした。
クラスの中心でいたい、女子にいい格好をみせたい、そんな下心で神野の側にいて彼と仲良くしたい人たちとつきあってきた。自分は仲間なんだということが重要だった。
適当な会話をして笑って、中味のない会話はよく覚えていないし、心から楽しかったかと聞かれたら頷けない。
だが橋沼との会話は心から温かい気持ちになれた。
「田中って笑うと可愛いのな」
笑っていたのか自分は。無理やりでなく自然に。
「は、何いってんの」
恥ずかしい。
照れているのを隠すように眉間にしわを寄せて睨みつけると橋沼は笑っていた。
「てめぇ、オカズ食ってやる」
照れを隠すように、手を伸ばして肉団子を掴んで食べる。柔らかい団子と甘酢タレが絶妙だ。
「はぁぁ、ばぁちゃん、神」
勝手に想像した橋沼の祖母に手を合わせる。
「ばぁちゃんに伝えておくよ」
嬉しそうに笑う。これだけ料理が美味いのだ。自慢の祖母だろう。
いい年をした男がという人もいるかもしれない。だけど隠さずに表にだせるとはすごい。自分だったら恥ずかしいからと口にすることすらできないだろう。
楽しい時間はあっという間だ。
「今度は声を掛けられる前においでよ」
と橋沼にいわれて頷く。
「あと、授業はきちんと聞いてノートもとるんだぞ」
「げぇ。橋沼さんは俺の母親かよ」
「ははは。また明日な」
「おう」
互いに手をあげて挨拶。そして美術室から出て教室へと向かう。
足取りが重くてこのまま屋上でさぼってしまおうかと気持ちが揺らぐが、橋沼にいわれたなと誘惑を断ち切る。
後ろの席は背が高い男子が占めているので、窓際にある自分の席へ戻るときは葉月の後ろを通ることになる。
まだチャイムが鳴っていないので葉月の傍に神野が居て嫌でも視界に入る。
つい意識してしまうが、向こうは気にする素振りはない。
そんなものなのだ、自分は。虚しい気持ちになりながら席へと腰を下ろした。