美術室の前。授業以外で入ったことはないし、美術部の生徒というわけでもない。関係ない生徒が昼をとるのに使っていい場所ではないはずだ。
「おい」
「大丈夫、俺、部員だし許可は得ている」
ポケットから鍵を取り出してみせてくれる。ネームタグに美術室と書かれている。
「そのガタイで美術部かよ」
「それな。みた目で判断しては駄目だぞ」
「そうだけどよ」
これだけよい体つきをしているのだから運動部からの誘いもあっただろうに。
「格闘技は好きだぞ。でもみる専門」
と机の上に置かれているプロレス雑誌を指さす。
「最新号じゃん。まだ読んでねぇんだよな」
「お、好きか?」
「あぁ。この前の試合、凄かったな」
スマートフォンの格闘チャンネルでみた試合のことを口にすると、橋沼はすぐに話に乗ってきた。
暫く、プロレスの話をした後、雑誌の下に置かれたスケッチブックに視線を向ける。
そういえば美術室に居るということは絵を描いていたのだろうか。
「なぁ、どんな絵を描くんだ?」
「みるか」
それを手に取ると田中に渡した。
絵のことは詳しくはないが上手いということはわかる。
「へー、すげぇ……、え、これって」
花瓶と花、林檎、彫像、空、鳥、猫、黒く塗りつぶされた何かが続き、描きかけの何か、そして後頭部が続く。
「お前の後頭部」
まさか自分の後頭部を、しかも何枚もある。今日だけで描いたというわけではなさそうだ。
「俺のことを知っていたのかよ」
「あぁ。この頃、あの場所にきているよな」
やはり誘われた理由は友達がいないと思われたようだ。空気のように扱うクラスメイトのことが頭の中をよぎり、腹が立って持っていたスケッチブックを机の上に叩きつけた。
「ざけんなっ、ボッチだと思って同情したのかよ」
先輩面をしただけ。趣味が合いそうだと思ったのに。
相手の自己満足のために付き合うのはごめんだ。椅子を蹴とばして美術室から出ようとするが、
「同情なんてしてない。後頭部だけでなく真正面からみたくなった」
勝手に描いてごめんと手を合わせた。
「実は絵が描けなくてな。少し絵から離れてみようと思ったんだが、先生から鍵を渡されてさ。昼休みの間、自由に使っていいぞって。理由は教えてもらえなかったけどな。窓から外を眺めてぼんやりとしていた」
ブニャがきたら餌をやろうと外を覗いたら田中が居て、しばらくの間ながめていたらしい。
「それから何度かみかけるようになって。どんな子なんだろうって興味が出てきてさ、君をみていたら描きたくなって、で、これな」
後頭部の絵が描かれたページを開いて指さす。
「何か話すきっかけがないかと思っていたところに、ブニャが出てきて。今がチャンスだなって」
煮干し入りの袋を顔面キャッチするハメになったわけだ。
田中に対する感想は、腕の筋肉はイイ感じだそうだ。橋沼と違い胸や腹筋は脱いでみないと解らないだろう。
「は、俺なんかと話したいなんて、ずいぶんと物好きだな」
そんなことをいう人がいるなんて。口元が緩みかけて必死で耐える。
クラスメイトに相手をされなくなったからといって、どれだけ人恋しくなっていたのだろう。
だが、橋沼があれを知ったら田中のことを軽蔑することだろう。
「戻るわ」
「え、昼飯は」
「食う気が失せた」
今ならまだ大丈夫。たまたま話をしただけ、それですむから。
「そうか。昼は美術室にいるから」
誘ってくれているのだろう。
名前を告げたのに態度が変わらなかったということは、まだあのことは知らないのかもしれない。
また、ここに来てもいいのかと都合よく考えてしまうのは、橋沼と会いたいという気持ちがあるからだろう。
「気が向いたらな」
と手を挙げて小さく振ると美術室を後にした。
「おい」
「大丈夫、俺、部員だし許可は得ている」
ポケットから鍵を取り出してみせてくれる。ネームタグに美術室と書かれている。
「そのガタイで美術部かよ」
「それな。みた目で判断しては駄目だぞ」
「そうだけどよ」
これだけよい体つきをしているのだから運動部からの誘いもあっただろうに。
「格闘技は好きだぞ。でもみる専門」
と机の上に置かれているプロレス雑誌を指さす。
「最新号じゃん。まだ読んでねぇんだよな」
「お、好きか?」
「あぁ。この前の試合、凄かったな」
スマートフォンの格闘チャンネルでみた試合のことを口にすると、橋沼はすぐに話に乗ってきた。
暫く、プロレスの話をした後、雑誌の下に置かれたスケッチブックに視線を向ける。
そういえば美術室に居るということは絵を描いていたのだろうか。
「なぁ、どんな絵を描くんだ?」
「みるか」
それを手に取ると田中に渡した。
絵のことは詳しくはないが上手いということはわかる。
「へー、すげぇ……、え、これって」
花瓶と花、林檎、彫像、空、鳥、猫、黒く塗りつぶされた何かが続き、描きかけの何か、そして後頭部が続く。
「お前の後頭部」
まさか自分の後頭部を、しかも何枚もある。今日だけで描いたというわけではなさそうだ。
「俺のことを知っていたのかよ」
「あぁ。この頃、あの場所にきているよな」
やはり誘われた理由は友達がいないと思われたようだ。空気のように扱うクラスメイトのことが頭の中をよぎり、腹が立って持っていたスケッチブックを机の上に叩きつけた。
「ざけんなっ、ボッチだと思って同情したのかよ」
先輩面をしただけ。趣味が合いそうだと思ったのに。
相手の自己満足のために付き合うのはごめんだ。椅子を蹴とばして美術室から出ようとするが、
「同情なんてしてない。後頭部だけでなく真正面からみたくなった」
勝手に描いてごめんと手を合わせた。
「実は絵が描けなくてな。少し絵から離れてみようと思ったんだが、先生から鍵を渡されてさ。昼休みの間、自由に使っていいぞって。理由は教えてもらえなかったけどな。窓から外を眺めてぼんやりとしていた」
ブニャがきたら餌をやろうと外を覗いたら田中が居て、しばらくの間ながめていたらしい。
「それから何度かみかけるようになって。どんな子なんだろうって興味が出てきてさ、君をみていたら描きたくなって、で、これな」
後頭部の絵が描かれたページを開いて指さす。
「何か話すきっかけがないかと思っていたところに、ブニャが出てきて。今がチャンスだなって」
煮干し入りの袋を顔面キャッチするハメになったわけだ。
田中に対する感想は、腕の筋肉はイイ感じだそうだ。橋沼と違い胸や腹筋は脱いでみないと解らないだろう。
「は、俺なんかと話したいなんて、ずいぶんと物好きだな」
そんなことをいう人がいるなんて。口元が緩みかけて必死で耐える。
クラスメイトに相手をされなくなったからといって、どれだけ人恋しくなっていたのだろう。
だが、橋沼があれを知ったら田中のことを軽蔑することだろう。
「戻るわ」
「え、昼飯は」
「食う気が失せた」
今ならまだ大丈夫。たまたま話をしただけ、それですむから。
「そうか。昼は美術室にいるから」
誘ってくれているのだろう。
名前を告げたのに態度が変わらなかったということは、まだあのことは知らないのかもしれない。
また、ここに来てもいいのかと都合よく考えてしまうのは、橋沼と会いたいという気持ちがあるからだろう。
「気が向いたらな」
と手を挙げて小さく振ると美術室を後にした。