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  春山すずなは、はっと目を覚ました。

 心臓が早鐘を打っていて、その反動で上体を起こす。暗い部屋の中で、常夜灯の光だけが安心を与えてくれた。枕元に置いたスマホに手を伸ばすと、夜中の三時だった。

 どうして今更こんな夢を。もう、別れたのは五年も前なのに。

 すずながフラれた形になってしまったが、別れには納得している。その前から康介との関係は停滞気味だった。よく言えば、ぬるま湯に浸かっているような穏やかな関係だったけれど、悪く言えば、刺激がなくつまらなかった。

 ばちばちと激しく燃え上がっていた恋の炎は、五年の交際期間の間に強火から中火、さらには弱火へと変化していた。このままだと不完全燃焼が起こって厄介なことになったかもしれない。だから、あえて水をかけて火を消すという役を担ってくれた康介には、感謝している部分もある。

 ただ、別れのタイミングはあまり良くなかった。別れを切り出されたのは、すずなが三十歳を迎える数週間前だった。ひそやかに巷で囁かれている女の賞味期限は三十歳までを意識して、賞味期限切れ後に別れるのは良心的に避けたかったのかなと勘繰ってしまった。

 それに、すずなの心を最も抉ったのは、

 空気みたい———。

 という一言だった。

 長く付き合った人から、存在感がないと言われたのは堪えた。時間をかけて得たものが自分の存在を消すという技だったのかと考えると情けなかった。

 すずなはベッドから立ち上がった。

 どうせ今横になったところで、すぐに寝られそうもない。ホットミルクでも飲もう。

 物音を立てないように気をつけながら、キッチンへ向かった。