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「なんですか、ここは天国ですか?」

 お腹が満たされて調子を取り戻した結愛が、すずなたちを一人ずつ順に見ていった。リビングの真ん中にある座卓を囲んで、四人は水炊きを楽しんでいた。

「本当。こんなに楽しい食事は久しぶりだわ」
 恭子が水菜をポン酢につけて口へ運んだ。

「だけど、まさかあのお重の女性が、佐田さんの奥様だとは思いませんでした。しかも、すずなさんたちとお知り合いだったなんて」

「たまたまよ。だって、私だって結愛ちゃんと公園でランチをしてたときは恭子さんのことは知らないんだから」

「スペイン料理が結んでくれた縁ね」
 蛍が、穴の空いたお玉で鶏肉団子を自分の小皿へ入れた。すずなも肉団子を口へ運んだ。刻まれたシソが入っていて、いい香りのアクセントになっている。

「ほころへ、ひょうほさんはひまも佐田さんほふんでるんでふは?」
 結愛が口の中の豆腐と格闘しながら、恭子に話しかけた。

「ごめんなさい、もう一度いい?」

「えっと、ところで、恭子さんは今も佐田さんと住んでるんですか?」

「え、ええ。どうして?」

「……その、佐田さんのシャツがしわくちゃなので、てっきり別居してるのかと」
 結愛が俯きながら、両手の人差し指同士を合わせた。恭子は、あぁと頷きながら、箸を置いた。

「家庭内別居っていうのかしらね。偽りの出張の後から、私は夫に関する家事を一切やめたの。寝室も別にして」

「今夜はどうするんですか? また、佐田さんと同じ家に戻るんですか?」

「……戻りたくはないけれど、そこしか帰る場所はないから」
 結愛の質問に困惑の色を浮かべながらも、恭子はぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。

「うちに来ませんか?」

「結愛ちゃんち?」
 すずなと蛍の声が重なった。

「ちょっと待って。結愛ちゃんの彼って、お前がアイロンを掛けないから、掛けてくれる奴を呼んだだけだ、なんて開き直ったんでしょ?」
 さっき結愛から告げられた話をすずなは聞き返した。

「そうです。アイロンなんかそっちのけで、キスしてたくせによく言いますよね。あー腹が立つ」

「だけど、今夜戻るのはやめといたほうがいいんじゃない? 彼が戻ってきたりしない?」
 蛍が眼鏡のブリッジ部分を押し上げた。

「それは大丈夫です。彼を追い出すときに父を呼んで対応してもらったので、絶対来ることはないです」

「どうしてそんなに自信があるの?」
 恭子が手でピストルを作り、顎の下へ置いた。



「父親が警察なんです。しかも結構偉いタイプの」



 結愛がいえーいとピースサインを突き出してきた。白く細い指が美しい。けれど、以前大喜びでつけていたピンクゴールドの指輪はどこにもなかった。