「何が嫌なの? どうして、そんなに私に拘るの?」
「拘るって当たり前だろ! 僕たち10年以上も一緒にいたんだよ。僕は君と一緒になる未来しか考えていないよ。君のことを心から愛しているんだ」
 ミカエルに縋られて戸惑った。

 はっきり言って、男に縋られた経験など皆無だ。
 そして、恋愛脳でないせいかイケメンの彼に抱きしめられても全くときめかない。それ以上に、この異常事態に愛の告白などしてくる彼が心配になる。

(今、下手したら反逆罪で訴えられるかもしれないのに⋯⋯)

 男心のわからない私でも、今、そういう時ではないと彼を突き放したらマズイ事はわかった。
「正直に言うね⋯⋯私、ミカエルに対して恋愛感情は持ってないよ。でも、あなたは私にとって大切な人で守りたいと思ってるよ」
「それで十分だよルシア⋯⋯」
ミカエルは私の頬を手で包み、唇を近づけてくる。
(なんで? 恋愛感情はないって言ったのに!)

「ちょっと待って⋯⋯それは、結婚式までとっておきたいの」
私は思わず両手でミカエルの口を塞いでいた。
「そっか、ルシアは奥ゆかしいね。そういう所も好きなんだ⋯⋯僕との婚約がなくなってもアルベルトのものにだけはならないで⋯⋯それだけは耐えられない」
 私の髪を撫でてくる彼に私はとっても不安になった。

 (私、アルベルト様と契約キスみたいなのしてる⋯⋯あれ? レオやライアンともキスしてる?)

 目の前にいる精神不安定な彼にバレたら大変なことになりそうだ。

 その日の夜、皇室の正式に王宮医が誤診したことを発表した。王宮医は厳罰に処されるらしい。でも、ほとんどの人間は今回の黒幕はステラン公爵だと気づいているようだった。

 そして、私は真夜中にカイロス国王に呼び出された。
 彼の執務室に入るのは初めてだが、こんな真夜中なのに補佐官が2人もついていて仕事をしているようだった。
 積み上がった書類の処理に追われているように見えた。
(国王の仕事って大変なのね⋯⋯そういえば君主の過労死ってよく聞く⋯⋯)

 
「ルシア、お前を呼んだのは他でもない。お前を1週間後に立太子する。ミカエルには王子としてお前を補佐させる」
「ミカエルを王太子のままにする選択肢はないのですか?」
「実子に跡を継がせたい余の気持ちは、まだ子であるお前には理解できまい」

 私はミカエルの気持ちが心配だった。
 散々、次期国王になるための勉強をしてきたはずだ。
 
 私が黙りこくっていると、カイロス国王は続けて言って来た。

「そなたはナタリーに似て優しいな。ミカエルの事を気にすることはない。それに今回のことで余はアレの弱さに失望した。使えないようなら、今回の罪を問い廃嫡にしようと思う」
 
 不倫女ナタリー・ミエーダに似ていると言われた事にゾッとした。そして、ミカエルの立場を考えると国王の提案を受け入れた方が良さそうだ。

「分かりました。でも、一言だけ言わせてください。今回の件は元を正せば陛下とナタリー・ミエーダ侯爵夫人の不貞が原因です。ミカエルは被害者ですよ。突然明かされた真実に動揺して当然です。彼が今まで次期国王になる為、努力してきた事をしっかり評価してください」
「ルシア、お前は王妃というよりは女王の器だな。もう、余よりも偉いつもりのようだ」

 馬鹿にしたように笑うカイロス国王に苛立ったが、気持ちを抑えた。

「お褒め頂き光栄です。ミカエルの頼もしいサポートを得て、スグラ王国をより良い方向に導いていきたいと思います。まずは、国の膿を出した方が良さそうですね」
「お前は余にも似てるな⋯⋯不敵で、曖昧なことの許せないその性格」
 カイロス国王が楽しそうに笑い出したので、気分が悪くなり私は一礼してその場を去った。彼のような自分勝手な男に似ていると言われて嬉しい訳がない。
(グレーが嫌だとか言いながら、ステラン公爵は野放しじゃない⋯⋯)

 どうやら、私が誘惑の悪女ルシアを演じるのもここまでのようだ。
 
 いつだって、突然のことで思ってた道ではない道を行かなければならない時がある。
 
 私が今しなければならないのは、ルシアとして男を誘惑して乙女ゲームの話を進めることではない。
 
 ミカエルと協力してスグラ王国をより良いものにしていくことだ。

(軌道修正しなきゃね⋯⋯まずはアルベルト様とレオと別れないと)

 私はこの時は自分のこれからの行動が、男たちを惑わし執着される結果になるとは思っても見なかった。